ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

アンサンブルと対話 

 

ピアノを再開する前は、今よりも音楽を聴いていたように思う。でもこれは、ある意味当たり前のことのようにも思える。余暇の時間を聴くことだけで過ごしていた頃と比較すれば、自分が弾くという練習の時間がそこに加わったわけだから。

以前から、ピアノ曲よりは声楽やヴァイオリンの曲を好んで聴いたいたように思う。それは今でも変わらないが、以前は聴いていて、今では全く聴かなくなってしまった分野もある。それがピアノの連弾とデュオ。これは非常に興味深いことだと思う。ピアノを再開してからは、どこか「ピアノ曲」=「自分が弾く曲」という認識になってしまったような?自分と連弾、デュオは関係のない世界になってしまったような?

僕だけが感じているのかもしれないが、モーツァルトのピアノ・ソナタって、あまり面白くないな・・・などと正直思う。ヴァイオリン・ソナタもそう。天才モーツァルトに対して、これはとんでもない感想なのかもしれない。でもピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲はとても大好き。ソナタに少なく、協奏曲に満載なもの、それは「対話」なのではないかとも思う。独奏楽器とオケとの対話がある。この対話の魅力がいいのだ。むろん、独奏ソナタの場合も、その対話感を演奏に盛り込めばいいのだろうが、多くの演奏家はあまり実現できていないようにも思う。

モーツァルトの作品で対話を最も感じるのがオペラ。オペラの魅力を経験せずに、ピアノ・ソナタを魅力的に演奏するのは難しいのかもしれない。モーツァルトのように「対話」の魅力を感じる作曲家がプーランク。プーランクのピアノ作品も、ソロよりはアンサンブル作品の方が僕には数倍魅力的に感じる。

連弾やデュオ作品の多くで感じる魅力が、やはり「対話」なのだ。むろん、演奏にもよるが、わざわざ対話力を必要とされる、これらの作品を演奏する人たちは、一部ソロのピアニストのような、変な力みがなく、対話を楽しんでいるようにも聴こえてくる。ソロ専門の人って、なんでああ一生懸命なんだろう?「ここまで精密に仕上げました~」以上のものを演奏からは感じたい。

別に「合わせもの命」みたいなピアノライフは望んでいない。でも魅力的なデュオ作品は曲として、もっと知りたいなどとは思う。ソロだけではなく・・・

幸い、僕は「ピアノ聴き専門人生」の一部をアメリカで過ごした。日本では、あまり演奏されないような曲も聴いてきたような気がする。あちらでは結構演奏される機会の多い曲でも、こちらでは「珍曲」という曲も多いように思う。

リチャード・ロドニー・ベネットという作曲家、この人はイギリスの人だけれど、アメリカでも有名だったように思う。純クラシックというよりは映画音楽とかジャズ風の曲が多い。管楽器の曲がアメリカでは演奏されることが多かったような気がする。

たとえば、彼のピアノデュオの曲、知らないで人生を終えてしまうのは、なんとも勿体ないような?

自分が弾く、弾かない・・・そんなこと関係なく、もっと連弾、デュオの曲も知りたいなどと思う。

kaz




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