ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

偏見 

 

全盛期の頃の天地真理のことは、あまり知らない。でも凄い人気だったので、テレビで彼女の歌を聴くことはあった。周囲の大人たちは天地真理というアイドルに対しては厳しい評価をしていた記憶がある。

「歌・・・下手だねぇ・・・」「最近はこういう顔だけの歌手が多いな」

そんなものかな・・・と思った。大人たちの偏見をそのまま受け入れた。きちんと天地真理の歌唱を聴いてはいなかった。

レコード店で天地真理のレコードを見つけた。その頃は彼女はテレビに登場することも少なくなっていたように思う。たしか「夕陽のスケッチ」というドーナツ盤だったと記憶している。はっきり言って、伸びやかな声に魅了されてしまった。そしてこうも思った。「えっ、これって天地真理?」かろうじてレコード店に残っていた天地真理のアルバムも購入した。店員に天地真理のレコードを差し出すのが恥ずかしかった記憶がある。もうその頃にはアイドルとしては過去の人だったからだろう。

天地真理の印象としては「恋する夏の日」で歌い踊るアイドルとしての印象しかなかったから、アルバムでフォークを歌っている天地真理は別人のように感じた。

「何故フォーク歌手にならなかったのだろう?この路線のほうがいいいのに・・・」と子ども心にも感じたものだ。

でも不可能だったのだろう。オリコンで連続1位のシングルを連発したり、彼女のキャラクター商品(ドレミまりちゃんという自転車とか)が相次いで発売されたり、彼女の冠番組がゴールデンタイムに放送されたりとか、天地真理は、それまでのアイドルという概念を変えてしまった人でもあったから。フォーク路線はアルバムの中でしか歌えなかったのかもしれない。アイドルとしての使命が優先されていたのかもしれない。

「水色の恋」「ひとりじゃないの」「虹をわたって」「恋する夏の日」のようなアイドル曲をユーチューブで聴いても、今は「下手だな・・・」とは感じない。何故子どもの頃は「この人は下手なんだ・・・」と大人の評価をそのまま受け入れてしまったのだろう?本当に大人たちは天地真理を下手だと思っていたのだろうか?

今のアイドル、かつての天地真理や松田聖子のように個人のオーラで勝負できるアイドルは存在しなくなったような気がする。「いったい何人舞台にゴチャゴチャといるんだ?」としか思えなかったりする。歌そのものも非常にカラオケっぽい。地声で素人が歌っているみたいだ。これは大人の偏見なのかもしれない。かつての大人たちが天地真理に対して抱いた偏見と同じなのかもしれない。

kaz




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