ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

叔父に聴いてもらいたい歌 

 

「そんなピアノしか弾けないんだったら辞めちゃいなよ」叔父の痛烈な一言だった。発表会の直前だったように思う。その頃習っていたバイエルと共に発表会で弾くブルグミュラーの曲を弾いた。たしか「子供の集会」という曲だったと記憶している。

「音楽じゃないみたいだ・・・」

叔父の言葉に相当傷ついてもおかしくはなかったと思うが、何故か僕は傷つかなかった。先生に言われたように、鍵盤の底までカッチリと弾いていたが、自分でも「これは変だな」と思っていたから。その後、自分で先生には内緒でショパンなどを弾いてみたりした。その「なんちゃってショパン」を聴いた叔父は、僕のピアノを褒めてくれた。自分勝手に弾いていたと思うが、叔父は「上手くなった・・・どうしたんだ?」などと言ってくれた。

もうその頃は小学生だったので、叔父のところへ預けられるということはなくなっていたが、叔父の家には遊びに行ったりしていた。僕は叔父のギター、そして歌声を聴きながら育ったようなものだったので、叔父が歌わなくなっていることが寂しかった。

「叔父さんは重い病気なの。遊びに行ってもいいけど、あまり迷惑かけないようにね」

「kazをどこかに遊びに連れていってあげたいが、身体が動かないんだ」叔父はそう言った。でも叔父が持っていた沢山のレコードを聴くだけで楽しかった。もう歌ってくれないのは寂しかったが・・・

「最近の流行の歌ってどんな感じなんだろう?」叔父は流しだったから、演歌やムード歌謡に対しての知識は豊富だったが、当時流行っていた歌については、あまり詳しくはなかった。特にアイドルというか、その路線の歌手についての知識はあまりなかったように思う。

「お金渡すから、kazがいいと思うレコードを買ってきてくれないか?」叔父はそう言うと千円札を僕に握らせた。僕も歌謡曲については、あまり詳しくはなかったから、この叔父の頼みには困った。迷いに迷った末、僕は伊藤咲子の「ひまわり娘」のレコードを買い、叔父に渡した。伊藤咲子は歌が上手いと思ったし、アイドルでもあったから、叔父の要望には合うと思った。

「歌・・・凄く上手いな・・・」叔父はそう言うと、何度も伊藤咲子のレコードを繰り返し聴いた。「この娘はそのへんのアイドルとは違うな。歌心がある」

メジャーデビューできなかった叔父は、テレビに頻繁に登場しスポットライトが当たっている歌手たちをどのように思っていたのだろう?そう思うことはある。歌は好きだっただろう。でも飲み屋街でギター片手に歩き回る歌手生活は決して楽なものではなかっただろうと想像する。

「流しはどうですか?流し・・・いりませんか?」時には「いらねえよ。うるせえよ」などとも言われたりする。叔父はそのような歌手生活で幸せだったのだろうか?小学生だった僕でも叔父に「テル叔父さんはテレビとかで歌ってみたいと思わなかったの?」などと絶対に言ってはいけないということは分かっていた。伊藤咲子のレコードを聴いている叔父の表情からも、もちろん心の中を察することはできなかった。

伊藤咲子は「ひまわり娘」の後もヒット曲を連発した。やがて結婚し、そして離婚した。子宮筋腫という病気も患った。筋腫がその他の臓器をも圧迫するような深刻な状況だったらしい。

歌謡曲歌手の宿命だろうか、テレビに登場しなくなっていくことで、その歌手の名前、顔、持ち歌などは忘れないまでも、だんだんと人の記憶からは薄らいでいってしまうところがある。「伊藤咲子って今どうしてるの?」正直、僕にも分からなかった。

伊藤咲子は今でも歌っている。再婚し今では幸せな生活をしているらしい。「おばあさんになっても歌います」彼女は舞台でそう言っている。

段ボール箱一杯のドーナツ盤に伊藤咲子のものが、かなりあった。「ひまわり娘」は僕が買って叔父に渡したものだと思うけれど、その後の彼女のヒット曲のレコードも随分ある。叔父が自分で買ったのだろうと思う。

叔父は大きな舞台で、スポットライトを浴びて歌いたかったのかもしれない。テレビに登場するような歌手に憧れていたのかもしれない。そうかもしれないし、歌が好きで歌っていたのだから、それで満足していたのかもしれない。今となっては分からない。

伊藤咲子は今でも歌っている。随分と小さな舞台だ。野外ステージのようだ。○○祭りという地域のイベントのようなものでのショーなのだろうか?正直、「えっ、こんなところでも歌うの?」などとも思ったりする。客席も騒がしい。歌いにくいのではないだろうか?

伊藤咲子は「かつての栄光は・・・」などと思うのだろうか?それとも歌うことだけで幸せなのだろうか?

彼女も、もうそろそろ60歳。これだけ歌えるということは「好き」なだけではできないし、「好き」でなければできないだろうとも思う。

この伊藤咲子の歌唱を叔父に聴かせてあげたいとも思う。叔父は喜んでくれるのではないだろうか?

なぜだかそう思う。

kaz




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category: 昭和歌謡「公園の手品師」の日記

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