ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

練習曲コンプレックス 

 

ピアノを再開し先生を見つけ、最初のレッスンで僕は先生に質問をしている。

「何か指の訓練のための教材とかエチュードは、やった方がいいのでしょうか?」

「そういうこと好きなんですか?」

むろん、僕は「そういうことは特に好きでもない」ような気がしたので、そう答えた。なので、僕はチェルニーなどのエチュードは弾いたことがない。エチュードだけではなく、僕は「指の訓練」のようなものは未経験なのだ。「指先が割れるほど、手が痛くなるほど訓練しなさい!」のような根性ピアノとは無縁なのだ。子どもの頃のピアノも訓練以前の「譜読み」で脱落してしまったし。大人のピアノなのだから、それでいいのだろうか?

僕だけではないと思うが、ピアノサークルに所属していると、人前で演奏する機会は増える。僕は一つのサークルにしか所属していないが、複数のサークルに所属していて、幽霊会員でなければ、僕よりも演奏機会の多い人は山ほどいるだろうと思う。

「私・・・プロのピアニストよりも演奏機会が多いんです」なんていう人も多く存在していると思う。でもそうなると、ピアノライフというか、練習する曲が人前演奏用の曲を中心に進んでいってしまうような気がする。積極的にエチュードを人前で弾きたいという変わった人は別とすれば、なかなかエチュードそのものを弾く機会、というか時間もなかろうと思う。

それでもいい・・・好きな曲を弾いていければいい・・・

大人の場合は(厳密には大人だけではないが)残された時間には限りがあるから、「ああ、あの曲を弾いておけばよかった」とは後悔したくない。なのでそれでもいいと思うが、こうも考えられないだろうか?「ああ、あの時にでもエチュードをきちんと弾いておけばよかった」と後悔するのでは・・・と。

僕の場合、過去も現在も「きちんとピアノ学習」という意識でピアノを弾いているわけではない。好きだから弾いているというか、上手くなりたいという願望がもともと少ない。もし自分の人生が数年であれば、もうそれこそエチュードのことなんか考えないけれど、10年の命であったなら、もしかしたら死ぬ時に「10年前からでも基礎的訓練をしておけばよかった」などと後悔するかもしれない。

やはり僕は昭和生まれの日本人なので、ピアノなどという難しいものは「苦労しなければ到達できない芸術道」のような感覚が心のどこかに残っているのかもしれない。

kaz




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category: ピアノ雑感

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