ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

「一緒に滑ろうよ」 

 

1998年、長野オリンピック、ペアフリー前夜。オクサナ・カザコワは眠れない夜を過ごしていた。

「ショートプログラムは無心で滑ることができた。自分なりに完璧だった」そう思えた。ショートを終えて1位、このままいけばオリンピックで金メダル、そう思うと震えてきた。アルトゥールの足だけは引っ張ってはいけない。自分の失敗のせいで彼の夢だけは壊してはいけない・・・そう思った。

1994年、オリンピックでナタリア・ミシュクテノクと組んで銀メダルを獲得したアルトゥール・ドミトリエフがミシュクテノク引退後も現役続行を希望し、新たなパートナーを探していることはオクサナも知っていた。「オリンピックの金メダルも銀メダルも持っていて、世界選手権の金だって二つも持っている。なのに現役続行?もういいじゃない?」そうも思えた。

オクサナ自身も新たなパートナーを探していた。でもアルトゥールとは格が違い過ぎる。自分も世界選手権に出場した経験はあるけれど、その時は15位。むろん、自分はまだできるという思いはあるし、だからこそ新しいパートナーを探してもいるけれど、アルトゥールはもうすでに金メダリストなのだ。

「一緒に滑ろうよ?」ごく自然にアルトゥールは言った。本当に自然だった。一緒に滑っていれば分かる。彼はスケートが好きなんだと。メダルのために滑っているのではないんだと。オクサナとアルトゥールはパートナーとなった。

1996年、世界選手権で5位、翌年の世界選手権では銅メダルを獲得した。アルトゥールにとっては銅メダルは残念な結果だったかもしれないけれど、自分にとっては初めての世界選手権のメダルだ。自信にもなった。

フリー前夜、オクサナは眠れなかった。もし明日のフリーで1位になれば金メダル。オリンピックの金メダルだ。アルトゥールはスケート史上誰も成し遂げたことのない偉業を達成することになる。3回のオリンピックで金二つ、銀一つ・・・誰もがそのことを話題にしているのは自分も知っている。もし長野で金メダルだったら・・・と。

「でも、でも私が失敗してしまったら?私にとっては初めてのオリンピック。私はミシュクテノクのように完璧にはできない。あんな才能はない。失敗するに決まっている。ショートは奇跡だった。奇跡は二度は起こらない・・・私がアルトゥールの夢を壊してしまう。私が・・・」

「代表選考を兼ねたロシア選手権だって3位、ギリギリオリンピックにだって出場できただけじゃない?金メダルなんて無理、私が失敗するから・・・」

フリー演技直前、頭が真っ白になる。緊張しすぎている。足なんか動かない・・・

アルトゥールが手を優しく包みながらこう言った。

「さあ・・・一緒に滑ろう・・・」

その瞬間、オクサナの頭の中から金メダルが消えた。成績のことも消えた。パートナーの偉業のことも消えた。

「スケートをしよう・・・一緒に・・・」

アルトゥールの言葉と音楽だけが聴こえた・・・

kaz




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category: The Skaters

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