ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

禁断の献呈 

 

来年のピアチェーレ演奏会の曲、最初にシューマン、次にブラームスの曲になる。ショパンはともかく、シューマンとブラームスは僕をリアルに知る人にとっては意外な選曲かもしれない。自分でも意外だなと思っているくらいだから。シューマンと言ってもシューマン~リストなのでリスト色が強いとは思うが。

これは全くの偶然だが、シューマンの曲もブラームスの曲も、クララ・シューマンに献呈された曲を弾くこととなる。

クララとヨハネス・・・二人に肉体関係はあったのか、それともプラトニックなものだったのか?これはあまり語られない話題なのではないかと思う。ヨハネスがシューマン家を訪れクララに初めて逢ったのは20歳の時。この時、クララは34歳。う~ん、どうなのだろう?

偉大な音楽家というものは、楽聖というか、とても偉い人・・・のような(偉いが)イメージを伝記などで植えつけられてしまうようなところはないだろうか?なので、この種の話題は禁断の話題なのだ。「そんなぁ・・・偉大な(教科書に載るような)作曲家が、いけないことをするなんて・・・」みたいな?

クララは8人の子どもを生み、一人は幼い頃に亡くなったので、実際には7人の子どもを育てながら、作曲をし、ピアニストとして演奏旅行をし、そのためにピアノの練習もしていたことになる。加えて夫のロベルトはライン川に身投げしてしまい、その後は精神が破綻し入院してしまう。未亡人となってもピアニストとして活動を続け、夫の作品の出版まで行っている。つまり、普通の主婦ではなかったわけだ。ヨハネスはクララのことは偉大なる音楽家として尊敬していたのではなかろうか?さらにロベルトは自分にとっての恩人でもあるわけだし。一線を越えるなんてことはなかったのでは?

でも膨大な数のヨハネスの(おそらく熱烈な内容の)手紙をクララは処分してしまっているし、ロベルトの最後の謎めいた言葉も気になる。「僕は知っているぞ!」

クララが演奏旅行で留守の時はヨハネスが子どもたちの世話をしていたらしい。これは知らなかった。二人の間には信頼関係が築かれていたのだろう。いずれにせよ、二人が禁断の愛に突き進んでしまったという証拠はないのだ。このようなことは闇の中・・・のほうが美しいのかもしれない。

僕が弾く(予定の)ヨハネスの曲は、彼が61歳に作曲しクララに捧げたもの。この時、クララは75歳ということになる。

ヨハネスはクララが亡くなって間もなく、後を追うように亡くなった。63歳だった。生涯独身だった。

kaz




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