ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

イタリアのピアニスト 7 

 

ロベルト・ピアナの作品をよく演奏しているピアニストが、アントニオ・ポンパ=バルディ。この動画もそう。ピアフの「愛の賛歌」を弾いている。まさに歌そのもののような演奏。

曲を練習する時に実際に歌ってみるということをしている人はどれくらいいるのだろう?むろん、全部の音を歌ってみるなんてことはピアノ曲の場合は無理なので、主旋律を歌ってみる。別に人前でベルカント唱法で歌を披露するわけではないので、鼻唄でいいのだ。これはいい練習方法だと思うのだが・・・

レドシ~シシレファラソ  ミレド~ドドドミソシラ  別に「ここは音程差が何度だから・・・」と楽譜に書き込み、じゃあ、こちらが強いのね・・・と強く弾く・・・というよりは、鼻唄で歌ってみればいい。この二つを全く同じように歌う人は少ないはずだ。

シドレ~ソソ~ファミド  「ここは盛りあげてぇ・・・」と先生に言われたからそのように弾いています・・・ではなく、自分で歌ってみる。自分の鼻唄に忠実に弾いてみたらどうだろう?鼻唄でも抑揚がつかないという人は、まずいないのでは?

もう一度最初のメロディーが出てくる。レドシ~シシレファラソ・・・

ここでマリア・カラスの言葉が浮かんでくる。ジュリアード音楽院でのマスタークラスでの言葉。「その旋律は聴衆は一回もう聴いているのです。同じものが再度出てきたら、何かしないと。何か・・・」

このあたりが「普通の演奏」と「素敵な演奏」との分かれ目。聴衆は予想する。また最初の旋律になるのだと。その予想をいい意味で裏切ると、それが「強調」という効果となる。タイミングをずらすとか、一度目よりも、より繊細に入る・・・とか。この場合も思い切り歌手気分で鼻唄で歌ってみればいい。ピアフになりきってみることが大事。

よく偉大な歌手の演奏を聴くといいと言われる。歌手だけではなく、偉大な演奏家は皆そうなのだと思うけれど、歌手(声楽)の場合、より旋律の動き、フレーズ処理のようなものが明確に分かりやすいように思う。鼻唄だったら一緒に歌うことも可能だし。

素敵な演奏というものは、意図的に聴衆の呼吸、感覚というものと分離せずに、一緒に共有できる術がある。「とても達者に弾いているけれど、心に響かない」という演奏は鍵盤と演奏者だけの世界に留まってしまっている。一緒に呼吸することが大事。

鼻唄練習はとても効果があると思うのだが・・・

kaz




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