ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

演奏会終了しました。 

 

昨日のピアチェーレ演奏会、無事に終了しました。お越しいただいた方々、本当にありがとうございました。メールへの返信などは少しずつ行っていきたいと思います。今しばらく時間を頂きたいと思います。

来年も同じ会場(雑司ヶ谷音楽堂)で11月28日(土)にてピアチェーレ第4回演奏会を行います。よろしくお願い致します。いつもこの時期はフィギュアスケートNHK杯と重なってしまうため、「時期はずらせないんですか?」との声、要望も頂いていますが、来年も多分重なってしまいますね。

さて、自分自身への演奏に対しては、思うところは多々あり、もうそれは「反省」しかないが、それとは別に演奏会というか、舞台の雰囲気、空気・・・のようなものを考えたりもしている。僕が聴き手であれば、ライヴならではの「一体感」のようなものを求めると思う。これは僕だけかもしれないが、いい演奏・・・というものを求めるだけならば、自宅でCDを聴いていたいほうだ。僕が往年の演奏家を好むので特にそう思うのかもしれないが。

むろん、未熟な演奏、聴き手が不安になるほどに安定感の欠ける演奏というのも、どうかと思うが、では達者に演奏できていればいいのかといえば、そんなものでもない。世の中には聴き手と演奏者とが、どこか断絶してしまっている演奏会も多いように感じる。演奏者が、ひたすら鍵盤と格闘しているかのような?曲を打ち負かすような闘争心さえ感じる演奏さえ存在する。聴き手は演奏者の出来栄えに興味があるわけでもないし、そこを聴きに来ているわけでもないのに、演奏者はそこしか頭にない・・・みたいな?

演奏会前は(練習もせずに???)ユーチューブを徘徊したりしていた。スター演奏家のものでもなく、アマチュアが部屋で演奏している「練習中で~す」的なものでもなく、有名ではないかもしれないが、実力はあり、かつ聴衆との対話ができている演奏会。僕の固定観念かもしれないが、イタリアの演奏動画には歌のサロンコンサート的なものも多く、しかも素晴らしいものが多いように思う。演奏そのものも「日本だったら名声を博し、有名なスター歌手になっているのでは?」と思うような出来栄えのものが多い。現地では知られている人なのかもしれないが、正直「こんな人がイタリアにはゴロゴロいるのか?」などとも思う。それらの歌手たちに共通しているのが、聴衆との対話があるということだ。そこに違いを感じる。聴き手もお互いに目を合わせ、「素敵ね?」みたいな雰囲気。拍手も「あっ、演奏終わったし・・・」的なものではなく、手が自然と動いてしまうような拍手。そこには「おクラシックを拝聴させて頂く」的な固さがなく、演奏者もサービス精神旺盛というか、「ほらっ、聴け・・・」的なものがないというか・・・

成熟した文化と言えばそうなのだと思うし、ベルカントの国だからと言われればそうなのかもしれないが・・・

この動画での演奏会、おそらく正式な演奏会場でのものではないような気がする。聴き手が高齢者ばかりのような気もするので、その種の施設での演奏かもしれない。でも皆、なんて楽しそうなんだろう?演奏者も楽しそうだ。むろん、聴き手が音楽的な訓練を受けていない高齢者たちだろうと、「こんなものでいいだろう」的なものは一切感じない。演奏は真剣勝負だ。でも格闘はしていないんだよねぇ・・・

ピアノでもこの雰囲気は可能なのではないか?

そんなことを演奏会後に思っている。

kaz




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