ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ピアノを弾くのは上手くなりたいから? 

 

もしかしたら「上手くなりたい」という気持ちだけでピアノを弾いている人もいるのかもしれない。もしかしたら、街のピアノ教室、音大、趣味のピアノ弾きの部屋で、あらゆる場所で上手くなりたいという願望が渦巻いているのかもしれない。

上手く弾きたい?上手く弾く・・・上達するということ?そのためには苦しい練習も必要。別にプロになるわけではないのだから、楽しいピアノだってあり?楽しい趣味のピアノ。上手くならなくていいピアノ?

上手くなりたい・・・というよりは、美しさの根源のようなものに触れたい・・・のでは?本来はそうだったはずなのでは?そもそも美とか、感動って何?よく分からない。分からないというよりは、言語化が困難。だからピアノを弾くのでは?

「言葉で表現できない感情までも音楽は表現してくれる」(レナード・バーンスタイン)

だから弾くのでは?上手くなりたい・・・それもあろうが、それだけではないし、それがピアノを弾く理由だとすると、それは大雑把すぎる。上手くなりたい・・・それは目的ではなく手段なのだとしたら?

ちょっと極端なのかもしれない。「すべての生徒を音楽好きに。すべての生徒にキラキラレッスン」これってあり得るのだろうか?ピアノや音楽が世界を支配しているわけではないのだ。ピアノ以外の何かを見つける生徒だっているだろう。辞めるということは敗北ではない。だからこそピアノというものに美を求める生徒には「専門だから」とか「趣味だったらここまででいい」なんてことなしに教師は先輩音楽家として、すべてを教えるべきだろうとも思う。建前かもしれないが、ここが公立学校の教員との違いなのではないか?すべての子ども、すべての生徒ということはあり得ない。だからこそ、求めた子ども、生徒にはすべてを・・・なのでは?

上手く弾きたい・・・というのと少し違う。曲があるから弾く。その曲の何かに惹かれたから。それは言葉で説明できないものだから弾くのだ。その時に専門どうたらとか、趣味こうたらとか、さらには指導の内容まで変わってしまうというのは変な話だと思う。

習う側も、そろそろ謙遜美学に甘える時代ではないのかもしれない。「私なんて・・・」という方向で甘えていたら、本当の自分の願望を見つめる勇気が持てない。

ある演奏、ある曲に感動した、だったらそのように自分も弾きたいと思うのは自然なことなのだ。専門も趣味もない。

kaz




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