ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

今日からトスティもピアノ教材に・・・ 

 

自分の演奏に抑揚がやや不足していることは感じる。さらに、抑揚や歌心のようなものを人の演奏から感じることもできる。つまり、人の演奏から感じることはできて、それに感動することもできるけれど、なぜか自分で演奏となると、異なる方向に行ってしまう・・・という場合、声楽を聴くといいのではなかろうかと個人的には思う。この場合、ただ漠然と聴くだけではなく、一緒に自分でも歌ってみるとか、歌手の歌声(CDとか動画とか)に合わせ伴奏部分を弾いてみるとか、ちょっと工夫してみるといいのではないだろうか?僕はよくこの練習(と言えればだが)をする。やはり「練習」ではないな。完全に楽しみとしてやっている。本来弾くべき、練習すべきピアノ曲を放置してまでやったりする。楽しいだな、これが。

曲はなんでもいいと思うが、あまりにメカニカルな技巧的なアリアなどは避けたほうがいいかと思う。叙情的な歌曲などがいいように思う。個人的なお勧めはトスティの歌曲。歌手はルイジ・アルヴァがいいと思う。CDは手に入りにくい(入らない?)と思うが、僕は彼が好きなのだ。最高に甘美なトスティ。動画と一緒に歌ったりしてもいいよね。

トスティ歌曲の楽譜は日本版でも手に入るし、言語はイタリア語の歌がほとんどなのでいいと思う。イタリア語はローマ字読みすれば、なんとなくそれらしく歌える。フランス語だと、なんでこのスペルでそう発音するの・・・みたいなところがあるし、ロシア語はそもそも読めないし。別に歌曲リサイタルをするわけでも、イタリア留学するわけでもないのだ。なんちゃってイタリア語で鼻唄のように歌えばいいのだ。ただ、ラララ・・・よりは歌詞を歌った方がいいような気がする。なのでイタリア語。

曲の雰囲気からすると、トスティはロマン派の人のように感じるが、実は超(?)近代の人だ。当時、ここまで時代に逆らうような曲を書き続けた人だ。気骨を感じる。あとトスティは多くの人が録音したり動画に演奏を投稿したりしている。自分とアルヴァとの比較のために自ら歌ったりするわけだが、二流(?)のプロとか音大生とか、アマチュアとか、さまざまな人のトスティとアルヴァの甘美トスティとの比較もできる。これもいい刺激というか勉強になるような気がする。例えば、グリンカの歌曲なども素敵だが、非凡な演奏と凡庸な演奏との比較・・・というところで限定されてしまう。なのでトスティ・・・

まずはアルヴァの歌を聴いてみる・・・あらぁ、甘いわねぇ、素敵だわ。

次に一緒に歌ってみる・・・あらぁ、彼の「タメ」についていけないわ、私ってせっかち?

アルヴァの歌に合わせて伴奏を弾いてみる・・・歌と合わないわ。先にいっちゃう・・・

伴奏と旋律を弾きながら(多少のソルフェージュの能力が必要か?)アルヴァと合わせてみる・・・とにかく合わないわ・・・

合うようになるまでやってみるのだ。そうすると感じる。「自分らしからぬ抑揚で弾いている?まっ、私ったら恥ずかしい・・・」そう、自分で恥ずかしくなるくらいの抑揚や感情で歌ったり、弾いていることになっているはず。でもその「あらっ、私ったら」と恥ずかしくなるくらいの揺れ動きが本来はピアノソロでも必要だったのだ。

勉強中のソロを弾いてみる。自分でも見違える(聴き違える?)ほどの違いがあるかもしれない。なくても何らかの自分に対しての具体的課題は少しだけ発見できるのではないだろうか?

kaz




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