ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ルーツ その1 セルジオ・ブルーニ 

 

ピアチェーレの演奏会まで、あと20日ほど。まだ譜読みが終わってない曲もあるんだよねぇ・・・

50枚以上チケットは出ているみたいで、録音席とか、スタッフ席など、こちらで使用する席も60席の中に入っているので、申込みした方が全員来て頂けるのだったら、「盛況」という感じになるのではないだろうか?残数は、あと数枚というところか?料金を追加すれば、70席、あと10席増やせるけれど、そうすると最前列とピアノが近すぎてしまうかなぁ・・・とも思う。でも閑古鳥は鳴かないみたいなので、一安心ではある。

昨年の今頃は中傷メールに揺れたけれど、今年はそのようなメールは(今のところは)ない。外国人の友人から応援メールなどが来たりして、なんだか嬉しい。「イタリアと日本は近くはないから、演奏は聴きには行けないけれど・・・」などと書いてあったりする。

友人たちは、僕のピアノを、よく歌手のようだと言う。これは嬉しい。僕は歌を聴いて成長したようなものなので、「ホロヴィッツみたいだ」などと言われるよりも嬉しかったりする。イタリア人の友人、ルカが僕の演奏に例えた歌手が、セルジオ・ブルーニとカルロ・ブーティ。僕自身はクラウディオ・ビルラが好きなので、何故ビルラではないのかと尋ねたら、「う~ん、ビルラねぇ・・・ビルラというよりは、ブルーニの泥臭さ(???)とブーティの叙情性を君からは感じるね」などと言う。

ルカに教えてもらうまで、カンツォーネ系の歌手なんて全く知らなかった。例えば、「帰れソレントへ」とか「サンタ・ルチア」のような曲はクラシックのテノール歌手が朗々と明るく歌うものという認識しかなかった。昔、音楽の授業で「帰れソレントへ」を斉唱したことなども思い出す。「イタリアの曲は明るいんです」と教えられたが、「そうか?」と疑問すら感じなかった。

ルカはカンツォーネ(ナポレターナ)を明るいとは感じていないようだ。「イタリアの哀愁歌だよ。ソレントは僕の故郷だからね、この曲をただ明るく張って歌われると殴りたくなってくる」とルカは言う。

「kazのピアノはブルーニとブーティを連想させるね・・・」

ルカの言葉、さらに他の友人も僕のピアノを自国の歌手に例えるので、それらの歌手を紹介すると共に、自分のルーツのようなもの、もし僕のピアノ演奏に他の人にはない、何かしらの特色があるのだとしたら、その根源のようなものを探してみたくなった。

まずは「泥臭い」セルジオ・ブルーニの「帰れソレントへ」・・・カンツォーネへの概念、イメージが変わるかもしれないよ。

僕のピアノは泥臭いのか???

kaz




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