ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

立派に弾くよりも大切なこと 

 

ピアチェーレの演奏会、チケットはどのくらい出ているのだろう?かなり前に訊いた時点では、43枚だっただろうか?僕は一応代表なんだけれど、事務仕事などは任せっきりなので、実は何枚チケットが出ているかなどは知らない。「満席になりました」という言葉は魅力的ではあるけれど、60席の会場に60人では、ちょっとキツイのではないかとも思う。ある程度のキャパのあるホールならば、「壮観」という感じにもなるのだろうが・・・

僕は友人は多くはないのだが、別に少なくもない。でも友人のすべてがクラシック音楽を苦手としている。「堅苦しいんだよな」「聴いても分からない(つまらない?)し・・・」等々。なのでピアチェーレの演奏会には聴きに来てくれない。「クラシック?ピアノ?それだけは勘弁してぇ・・・」

僕は不思議に思う。僕自身はクラシック音楽が好きだからだろう。なんで堅苦しいと感じるのか、細胞レベルで理解できない。おそらくこういうことなのだろう。僕はフィギュアスケートという競技が好きだ。なので興味がある。でも、たとえばフェンシングという競技だったらどうだろう?むろん、「見たくもない!!!」という強い拒否感はないものの、「わっ、フェンシング?」のような興味もない。何故かを考えると、フェンシングというスポーツがよく分からないから。クラシック音楽を「分からない」とか「理解できない」という人の気持ちは、僕がフェンシングに感じるものと同じようなものなのだろうか?

クラシック音楽そのものは堅苦しくはないと僕は思う。でも多くの「演奏」は堅苦しい。立派なんだけどねぇ・・・

どうも「さあ・・・芸術をお聴き!」みたいな演奏が多かったりするような気もする。演奏って立派で高尚でなければいけないのだろうか?聴き手は立派さを求めているのだろうか?

聴衆が演奏家を育てる・・・

普通は音大とか、コンクールとか、そのあたりが演奏家を育てる・・・みたいな認識があると思う。聴衆は、あくまでも受け取るというか、ありがたがるというか?

聴衆が演奏家を育てたり、審査したりしても面白いのではなかろうか?偉い審査員とか、模範のようなものを追うのではなく、最終的に求めるものは、聴衆と音楽と演奏家との一体感、共有のような?そんなことを感じさせる演奏家を聴衆が選び、そして育てる。

居酒屋のようなところで演奏させたらどうだろう?クラシック音楽なんて日頃は聴かないような人たちの中で演奏する。聴衆(お客さん)が直接投票してもいいだろうし、店のオーナーが「客の反応、受け」をもとに演奏家と契約を結んでもいいと思う。そのような試練を超えた演奏家、素人(???)の厳しい耳をも魅了した演奏家がデビューしていく。

さぞ興味深い演奏家が輩出されていくのではないだろうか?

ザワザワとした居酒屋、お客さんたちは雑談している。そこで演奏してみる。何人の演奏家がお客さんのテンションを集めることができるだろう?興味深いところだ。

kaz




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