ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

オージーピアノ 

 

イグナツ・フリードマンは大戦勃発後は他のピアニストとは異なり、揺れ動くヨーロッパからオーストラリアに渡った。多くの亡命音楽家がアメリカに渡ったのと異なり、何故かオーストラリア。演奏旅行で訪れて、そのまま定住してしまった。フリードマンはオーストラリアを気に入ったのだろうか?なんとなくそのように想像したい感じだ。

スティーヴン・ハフはイギリスのピアニストと認識されていて、それは事実なのだが、彼はオーストラリアの国籍も有している。つまり二重国籍なわけだが、何故にオーストラリアなのか、まさかご本人に確認するわけにもいかないので、これも想像だが、ハフはオーストラリアを気に入ったのではないだろうか?

昔はオーストラリアはイギリスの罪人の流刑の地であった。「オーストラリア」という国名は1814年からなのだそうで、非常に若い国だ。イギリスの植民地という立場から独立したのが、なんと1901年ということだ。フレッシュな国なんだねぇ・・・

オーストラリア・・・不勉強な僕は、「コアラ」とか「オージービーフ」くらいしか連想できなかったりする。クラシック音楽とか演奏家とか、あまり連想できない。音楽の都、その言葉からウィーンとかロンドン、ニューヨークを連想する人はいても、シドニーとかメルボルンを連想する人は少ないのでは?

オーストラリアのピアニスト、絶世の美女であったアイリーン・ジョイスをまず連想するが、この人もオーストラリア人であった。パーシ―・グレインジャー・・・

もしかしたら、コンポーザー・ピアニストとしては、少しは名が知られているのかもしれない。彼の曲って楽しげだったりするし、編曲ものも、かつてのピアノの黄金時代を彷彿とさせる出来栄えだ。

でも、ピアニスト、演奏家としてパーシ―・グレインジャーが顧みられることは、ほとんどないのでは?これは寂しい・・・と思う。

彼自身はオーストラリアに留まることなく、国際的な活躍をした人だ。「走るピアニスト」だったらしい。ピアニストとしては、非常に人気が高く、演奏依頼もひっきりなしで、常に走っていた・・・

なんとなく、「元祖イケメンピアニスト」なのではないかとも思えてくる。このあたりは主観的なものも入るので、人によるだろうが、随分とピアニストにしては(?)ハンサムなのでは?未開の地(?)オーストラリアからやってきた、イケメンピアニスト?

くるみ割り人形の「花のワルツ」・・・この曲のグレインジャー編曲版は、現在でも演奏するピアニストが少しだけれど存在する。「ポーギーとベス」の二台ピアノ版も彼の有名な編曲だろうと思う。

でも、もっともっと知られていい作品が多いと思うし、ピアニストとしても、もっと知られていいように思う。

これはグレインジャー自身が演奏している「花のワルツ」・・・なんて素敵でゴージャスな演奏、編曲なんだろうと思う。

kaz




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