ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

明日はチャリティー・コンサート! 

 

明日はチャリティー・コンサート本番の日。でも非常に落ち着いている。緊張している場合ではないというか、現在は気管支炎で咳が酷いのだ。でも大分よくなったかな・・・という感じではある。でも気温が変化したり、臥位になったりすると咳が止まらなかったりする。明日の演奏中は咳が出ないといいな・・・と思う。

演奏するのはプーランクの「愛の小径」、ピアノの難曲とは異なり、技巧的な難所はないので、まぁ、落ち着いていられるのかもしれないが、逆にピアノ曲的な聴かせどころは皆無のような曲でもあるので、そのあたりがどうなるか・・・

もともとは声楽の曲だ。もう、ほとんどシャンソンなのでは?声楽用の楽譜で練習したが、厳密には編曲になるのだろうか、でもピアノパートを弾くだけで曲になってしまうので、編曲ではないな・・・と思う。

「愛の小径」の歌詞は暗い感じだ。

愛の小径、想い出の小径、失われた小径、絶望の小径、君はもういない・・・人生はすべてを消し去ってしまう。僕の心の中には、かつての愛よりも、さらに強い想い出の小径が残って欲しい。心乱れた僕の上で君の手は熱く燃えていたのだから・・・

失われた愛を振り返る・・・それも人生の末期に・・・そんな感じの歌詞だ。ふとグラッペリの言葉が浮かんでくる。

ステファン・グラッペリ・・・ジャズ・ヴァイオリニストなので、クラシック好きの人には馴染みは少ないかもしれない。たしかこの人は幼い時に母親が死に、父親は兵士として出征していて、ほぼ孤児のように育ったのだったと記憶している。僕はなんとなくグラッペリの音にその幼少時代の何かを感じたりもする。どこか楽しげなんだけど、それだけではないような何か。心をヴァイオリンに注いでしまった何か・・・

ヴァイオリンは、ほぼ独学なのではなかったかな?本格的なデビュー前は街角で演奏していた。ストリート・ミュージシャンだね。「窓から小銭が降ってくることもある。でもバケツの水を浴びせられることもある。ヴァイオリンだって上手くなるだろう?」(ステファン・グラッペリ)

「愛の小径」を弾いていて連想したグラッペリの言葉。「死にたいと思いつめるほどの失恋をしても、時が経ち、歳を重ねるうちに、甘い想い出に変わるのさ。それが人生・・・」

グラッペリの演奏で個人的に惹かれるのが、ピアニストのペトルチアーニと組んだ演奏。とてもとても素敵だと思う。グラッペリもペトルチアーニも・・・

kaz



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