ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

美しく危険な幻想 

 

洋館からピアノの音色が聴こえてくる。青年はその美しい音色に魅せられてしまった。曲は「乙女の祈り」だが、むろん青年はその曲の題名などは知らない。でも素敵だな・・・と。「どんな人が弾いているのだろう?」青年は塀の外でピアノの音色を毎日聴いた。そして音色だけではなく、まだ見ぬ深窓の令嬢に恋してしまった。

玄関の呼び鈴を鳴らす勇気などない。理由もない。ある日、青年は塀を登り、そして洋館のピアノの音がする部屋の窓の下にきた。侵入罪だということも気にならなかった。気にすることもできないほど胸が高鳴っていた。そっと窓の外から中を覗きこむ。ピアノを弾いていたのは美しき令嬢ではなく、太った禿げ親父だった・・・

このようなことが実際にあったのかは定かではないけれど、演奏から演奏者の容姿を想像してしまうということはあるような気がする。そして、そのイメージと実際の容姿とのギャップが大きい場合、そして実際に大きい場合も多いと思うが、そのような時はショックというか、落胆するというか、現実というものをイヤというほど実感してしまうものだ。

特に声というものは、美しい幻想を生みやすいものかもしれない。美しいソプラノの声に魅せられ、CDジャケットなどにも、そのソプラノの写真もない場合、ひたすら美しい、かつ危険な想像をしてしまうものだ。そして実際の姿を知ると「ああ・・・こんな人だったとは・・・」みたいな?

今はネットがあるので、そのような悲劇(?)は少なくなったのかもしれないが、僕が子どもの頃所有していたルドルフ・ショックのレコードにも彼の写真は掲載されていなかった。舞踏会の写真、にこやかに踊る男女の写真、そして右下に巨大なシュトルツ(指揮者)の写真というジャケットだったと記憶している。

今回、ルドルフ・ショックの容姿をネットで確認することができた。40年の時空を超え、彼の姿は子どもの頃に想像したそれと完全に一致したことが嬉しい。むろん、具体的な顔の造作などを想像していたわけでもないのだが、なんとなくハンサムでヨーロッパ的というかゲルマン的な容姿を想像していたことは確かだ。

ネットは確かに便利だ。僕はルドルフ・ショックの顔だけを確認したかったわけではない。記憶に鮮明なオペレッタ以外の歌唱も確認したかったのだ。当然、当時所有してたレコードは今は手元にないしね。もう一度彼の声と歌唱を聴きたかった。特にオペレッタ以外の作品で、どのような歌唱を残しているのかを知りたかった。

ルドルフ・ショックはオペレッタ御用達歌手ではなかった。彼の歌唱と容姿との完全なる一致、調和(?)を感じたのが、リヒャルト・シュトラウスの「献呈」だった。もちろん、声楽の世界では超有名曲だけれど、ピアノ弾きにとってはそうでもない曲だろうと思う。シューマンの「献呈」はピアノ弾きにも有名だと思うけれど・・・

シュトラウスの献呈は比較的初期の歌曲で、初々しさを感じさせる。そこがショックの歌声と、そして容姿と重なってくるのだ。加えて、ヘルマン・フォン・ギルムの詞も、触ると火傷をしそうなほどの若さと熱さを感じさせる。つまりフレッシュな感覚なんだよね。

「献呈」   ヘルマン・フォン・ギルム

君は知っているだろう?愛しい人・・・
僕が君から遠く離れて苦しんでいるのを
愛は人の心を痛めるんだね
そのことを教えてくれた君に感謝したい・・・ありがとう

かつて僕は自由を満喫していた。酒に溺れ紫水晶の杯をかかげていた
その杯に君は祝福をしてくれた・・・
君に感謝したい・・・ありがとう

そして汚れていた僕は、それまでとは変わって
清らかになって君の胸に顔を沈めるんだ・・・
ありがとう・・・本当にありがとう!

声、容姿、曲、詞との調和を感じさせるルドルフ・ショックの「献呈」

あっ、最初は指揮者の容姿だと思いますよ・・・

kaz



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