ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

71歳の新郎 

 

シカゴの「素直になれなくて」が日本でもヒットしたのは僕が高校生の頃だったと記憶している。何よりもピーター・セテラの透明なハイトーンヴォイスが印象的だったし、歌詞にも惹かれた。

高校生の頃、「素直になれなくて」の歌詞、そのままの自分がいた。「ごめんね」が言えない。「好きなんだ」も言えない。でも「君を幸せにしてみせる」みたいな強い気持ちもあって・・・

「抱きしめて欲しい」という気持ちもあった。でも、そんなこと相手には伝えられなかった。歌詞そのままだねぇ・・・

あれから幾光年、自分は変わったのだろうか?達観した?いや、変わっていないなと思う。50になっても10代のままの自分がいる。「いいじゃないか」と思う。恥ずかしいことか?あの時の「好きだ」という気持ちは偽りだったのか?

恋ではなかった。あれは愛だったと思う。恋とは自分本位のもの。愛とは相手本位のもの・・・それぐらいは当時から理解していた。

「守ってみせる」「ただ抱きしめて欲しい」・・・ただその言葉を相手に言えなかっただけだ。今だって言えないさ。素直になんかなれないさ・・・

成長とは常識を身にまとっていくことではないだろう。「大人なんだから・・・」「30歳らしく、40歳らしく、50歳らしく・・・」こんな考えからフリーになろう。70歳になったら茶の間でほうじ茶でも飲むか?

またまたスティーブ・ジョブスの言葉。

「愛する相手に想いを伝えたいとする。でもライバルがいる。君のライバルが愛する相手に10本のバラを贈った。君はどうする?15本のバラを贈ろうと思った時点で君の負けなんだ」

世の中に溢れている「ノウハウ」というもの、それは、いかに15本を贈るかのノウハウだ。こうすればライバルよりも5本も多くできますよ、こうすれば20本にできますよ・・・みたいな。

ジョブスはこう続ける。

「どうすればいい?相手の気持ちに忠実になるんだ。相手が何を求めているのか?それを考えるんだ。ライバルが何をしたかなんて関係ないんだ」

多くの人は「いかに多くのバラが贈れるようになったか」を成長の基準にする。そして自分は大人になったと思う。本当は「相手が何を望んでいるかを見極める」ということが重要なのだ。それが成長の証・・・

バラの本数を気にしていると、70歳になったら、冴えない色の服を着て、とげぬき地蔵をお参りして、せんべいをかじる・・・それが「70歳らしい生き方」となっていくだろう。

もしかして、自分は子どもの頃から変わっていない?いいじゃぁないか・・・と思う。いつまでも子どもでいいじゃないか?70歳でも誰かを愛することができて、「抱きしめたい」「守ってあげたい」と思えれば素敵じゃないか?そして70歳になっても「素直になれなくて」でいいじゃないか?

「素直になれなくて」・・・やはりピーター・セテラの声の印象が強いが、今回は、あえてバリー・マニロウのバージョン。このバリー・マニロウの「素直になれなくて」もいいなと思う。完全にバリーの世界だ。

バリー・マニロウも今年72歳。彼は昨年結婚している。法的な手続きをしたわけではなく、結婚式をしただけなので、正式な結婚ではないのかもしれないが、結婚指輪もしているし、世間に公表したことにはなる。相手は30年近くバリーのマネージャーとして彼を支えてきたギャリ―・リーフという人だ。彼も60代の後半という年齢だったと思う。そう、つまり同性婚なわけだ。そしてそのことが話題となりがちだが、僕は71歳の新郎(新婦???)ということが素敵だな、素晴らしいな・・・と思う。

僕は、ほうじ茶と饅頭よりは、「好きだ・・・離さない!君を幸せにしてみせる!」という70歳のほうがいいと思うな。

kaz



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