ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

オデオン 

 

今さら祝うような年齢でもないのだが、数日前に誕生日を迎えた。50歳というのは微妙な年齢だろうと思う。自分の誕生日を忘れていたわけではなかったが、待ち望んでいたわけでもなかった。日本からもお祝いメールを頂いたりした。個別に返信するのは今は難しいので、この場でお礼を言いたい。ありがとう・・・

年を重ねた喜び(悲しみ?)よりも、「50歳まで生きることができたんだ!」という想いが非常に強い。

いつもは、目覚めると年齢が増えていた・・・という感じだったのだが、記念すべき(?)50代の始まりはブラジルのリオデジャネイロで始めることができた。つまり、半日の時差があるので、こちらではお昼過ぎという時間帯に年齢を重ねる瞬間が来る。

「僕らの世代へようこそ!」などと言うパウロと50歳の誕生日を祝った。彼はランチを御馳走してくれた。まぁ、たいした額でもないのだが、このようなことはとても嬉しい。食事後、リオの街をぶらつく。50年前に僕がこの世に生れ出た瞬間、その時間に、ある映画館に辿り着いた。オデオン座という旧市街にある映画館だ。映画を観たかったのではない。建物を眺めたかったのだ。自分の生まれた時間にオデオン座の前に佇んだのは、これは偶然だろうか?偶然とも思えないような気がしている。

「ああ・・・この映画館の待合室で100年前にヴィラ=ロボスが、そしてナザレ―がピアノを弾いていたんだ。ミヨーがナザレ―の演奏を聴きに、この映画館を訪れたのだ」などと感慨深くなる。ナザレ―は、このオデオン座に育てられたのかもしれないな・・・などとも思う。

ナザレ―の曲は非常にキャッチ―だ。音楽院などで専門的に学んだわけでもないし、ヨーロッパに留学したわけでもない。作品の構成は複雑ではない。キャッチ―なメロディーと強烈なリズム・・・つまり、とても聴きやすい。そのためか専門筋(?)からは高い評価は得ていないようにも思う。特種な趣味を持つ人が弾く、特殊な音楽的扱いが非常に残念だ。

ナザレ―の曲はピアノの発表会などでも演奏されることがあるのではないだろうか?日本版の楽譜も出版されている。キャッチ―で明るい曲・・・それがナザレ―の曲。深刻な感じはしない。

明るい・・・そうなのだが、ナザレ―の明るさは、哀しみをまとった明るさのような気がしている。哀しみを積み重ねていくと、明るさを表面にまとい、哀しみを忘れたくなるのだ。「哀しんでも解決しない。生きていかなければならないのだったら、哀しみを笑い飛ばすしかないだろう?そうしなければ呼吸だってできないだろう?だから陽気に笑うのさ・・・」

ナザレ―は聴覚を徐々に失っていった。また家族も失った。精神が破綻したのは、そのためだったのかもしれないね。精神科の病院から抜け出した。行方不明になった。数日後、ナザレ―の遺体が見つかった。溺死だった・・・

ナザレ―の曲は笑っているとは思えない。楽しさを表面にまとっている・・・

ナザレ―の曲で、日本でも有名で時折演奏されているのが「オデオン」という曲だろう。そう、このオデオン座のことだ。

元はピアノ曲だと思うのだが、この動画はマンドリン。これもいいね・・・

演奏しているのはリオデジャネイロ生まれのジャコー・ド・バンドリンという人。ショーロ・バンドリンの第一人者なのだそうだ。「バンドリン」とはポルトガル語でマンドリンのこと。彼は様々な職業に就きながらバンドリンを演奏していたそうだ。苦労人だったということは顔を見れば分かる。

人は本当に辛い時には笑うのかもしれない・・・

kaz



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