ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ファヴェーラ 

 

ブラジルに限らずだが、南米の国々は貧富の差が激しいらしい。日本に住んでいると、皆が中流・・・みたいな意識だが、ここではその感覚はないらしい。

リオデジャネイロは明るい雰囲気の街だ。あまり治安の悪さは感じない。人々は笑いさざめき歩いていく・・・

「あれは何?」

街を歩いていると、目立つものがある。丘に無秩序に浸食されていったような小屋のような建物が見える。このような地区をファヴェーラと言う。いわゆる貧民街だ。特にリオのファヴェーラは街の中心部、観光の中心地からも目立つので、とても有名らしい。

パウロも「あのような場所には絶対に足を踏み入れてはいけない。命の保証はできない」などと言う。リオにはたくさんのファヴェーラがあって、ツアーなどもあるという。車からは下りないで・・・という条件付きのツアーらしい。でもどうなのだろう?貧民街であれ、どこであれ、人が住んでいる地域なのだ。動物園ではないのだ。基本的に見物、観光するべき場所ではないように僕は思う。

パウロはサンパウロの出身だ。リオよりも、さらに規模の大きなブラジル一の大都会なのだそうだ。サンパウロにも当然、ファヴェーラがあり、パウロは子供の頃、ファベーラ地区の子と学校で友達だったのだそうだ。でもその子は突然学校に来なくなってしまったと・・・

銃弾の音、人が襲われる時の叫び声、人々の悲鳴、そのような音に囲まれてその子は育った。母親が耳をふさぐ。「ダメ、聞いてはいけないよ」と。でも、それが日常の音となっていった。

学校に通うということは、その友達も、家族も這い上がるのに必死だったのだろうと。でも来なくなってしまった。日本のように、非行とか、そのようなレベルではなく、ギャング組織や売春、麻薬が日常的な地域でもあるのだ。這い上がれなければ、それは死を意味したのではないかとパウロは言う。

海岸を歩き、カクテルを飲む。夕焼けがきれいだ。僕は「光」の部分を満喫している。

丘のファヴェーラにも夕陽があたる。情景としてはとても美しい。そこにも人の人生があるのだな・・・と思う。喜びや哀しみが普通に存在しているんだろうな・・・と思う。

パウロと話していて感じたことがあった。これはブラジル人に限ったことではないのかもしれないが、南米の人は生まれながらに「光と闇」という概念を感じつつ生きてきた、そして生きているのではないかと。それがサウダージという感覚になるのではないかと・・・

それが音楽やその他の芸術にも反映されているのではないかと・・・

光、そして闇・・・

kaz



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