ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

忠実に・・・何に? 

 

パリゾッティ版の「イタリア歌曲集」は声楽の初歩の生徒だけではなく、偉大な歌手たちも演奏会などで歌ってきたように思う。僕が実際に聴いた演奏会では、ベルガンサとカバリエの歌唱が素晴らしく、最近の録音ではバルトリのものが斬新だと思う。でも彼女たちは、バロック様式に忠実に・・・というよりは、完全にロマンティックな曲として表現していたように思う。というか、パリゾッティ版を使用することそのものが、ロマン的な解釈の肯定でもあったのだろう。僕は、あまりバロック的とか、演奏をそのような観点で捉えられないので、単純に素敵だなと思うのだが、そうは感じない人もいるのだろう。

「ショパンだったらそれでもいいんだけど、これはバッハだから・・・」

この観点でカバリエやベルガンサ、バルトリの歌唱を聴いたとしたら、こうなると思う。「ドニゼッティやトスティだったらこれでもいいんだけど、これはバロックの曲だから・・・」と。

「私はこの歌唱は好きではない」という、好みということであれば分かるのだが、でも「素敵なんだけど、時代的表現が異なるので・・・」という感じ方は、その人の好みということの他にも、何かしらのものがあるような気はする。

たしかに、「ロマン派の化け物」のようなバロック時代の曲の演奏もあるし、そのような演奏は、僕も醜悪だと感じる。でも、この場合、僕は「解釈」以前の技術的な稚拙さによるもの、あるいは、その稚拙さを隠すためにそうなる演奏のように思う。この種の演奏は「ロマン的解釈」とは呼べないと思う。

パリゾッティ版の「イタリア歌曲集」は声楽専門の人ではなくても、たとえば音大の副科声楽で何曲か歌ったりとか、伴奏をしたりとか、割とピアノの先生にもお馴染みの存在なのではなかろうかと思う。この曲集の中にペルゴレージの「もし貴方がわたしを愛してくれて」という曲がある。聴けば「ああ・・・この曲」と思う人も多いかもしれない。実は、この曲はペルゴレージの作ではなく、パリゾッティ自身の作品なのだ。長い間、ずっとペルゴレージの作品だと思われていたのだ。

ペルゴレージ:1710~1736(26歳で亡くなった?)
パリゾッティ:1853~1913

パリゾッティは長年埋もれていたルネサンスからバロックの作品、それはオペラのアリアだったり、カンタータだったりしたのだが、それをロマンティックなピアノ伴奏の編曲により、復活させた。そして、そのロマン的バロック曲集が「イタリア歌曲集」として歌い継がれてきた。パリゾッティ版を糾弾する人は、オリジナルに忠実ではないところを突くのであろう。

「これはバロックではない・・・」と。

僕の大好きなスキーパの歌唱による「もし貴方がわたしを愛してくれて」を貼りつけてみた。完璧にロマン的歌唱である。しかも僕の大好きなスキーパ節も満載だ。なんて素敵な歌い方なんだろう。1939年の録音だ。バリバリのロマン方向の歌唱。

「とても素敵な歌唱なんだけど、これが例えばトスティだったらいいと思うのよ?でもこれはペルゴレージでしょ?」

このように感じる、あるいは評価する人は、この曲が実はパリゾッティ作品だと知った時に、その「バロック的じゃないのよね・・・」という感じ方を変えるのだろうか?そのあたりを僕は知りたい。

kaz



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