ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

隙間へのメロディー 

 

今年はカルロス・ガルデル没後80年。アルゼンチンという国を超え、世界で活躍したガルデルだけれど、ブエノスアイレスには彼の住んだ家があり「カルロス・ガルデルの家」と呼ばれる記念館となっている。ガルデルは今でも国民的なスターなのだ。地下鉄のカルロス・ガルデル駅(!!!)から歩いていける。小さな家に彼の遺品などが展示されている。この家は母親のベスのためにガルデルが建てた家なのだそうだ。ガルデル自身はブエノスアイレスに留まる生活ではなかったから、あまり住んではいなかったのかもしれないが・・・

カルロス・ガルデルは私生児だった。彼がどこの国の人なのか、出生は謎に包まれていた感がある。フランス人?ウルグアイ人?アルゼンチン人?生まれはフランスだ。でも父親は彼を認知しなかった。父親のいない子を産んだ女性として、ベスはフランスから逃げ出さなければならなかった。そしてアルゼンチンに逃げたのだ。偽物の出生証明書、それはウルグアイ生まれとなっていて、それでガルデルのパスポートはウルグアイのものだったのだ。彼の出生が謎に包まれたものとなったのには、このような事情があったらしい。ガルデル自身は母親を追い出したフランスは好きではなかったようだ。だから自分はフランス人だとは思いたくなかったのかもしれない。「僕を育ててくれたのはアルゼンチンだ」・・・彼はアルゼンチンに帰化している。

ガルデルの功績は、タンゴを世界に広めたということだろうと思う。踊りの音楽であったタンゴに歌詞をつけて歌い歌謡タンゴとでも呼ぶべきジャンルを作った。彼の歌う歌詞のあるタンゴは大ヒットし、ガルデルは映画にも出演するような大スターになった。ブエノスアイレスの裏町の踊りだったタンゴが世界のタンゴとなった。

作詞者であるアルフレッド・レ・ペラの功績も大きいとは思うが、何というのだろう、ガルデルのメロディーそのものに、人の心を捉えてしまうような魅力が存在しているような気がしてならない。人の心の隙間にグサッと入り込んでくるようなメロディーなのだ。

とろけるようなガルデル自身の歌声を堪能するのもいい。でも歌と歌詞がなくても堪能できるのがガルデルメロディーなのだ。

「セント・オブ・ウーマン」というアメリカ映画があった。アル・パチーノが盲目の元軍人フランツを演じている。たしか彼はこの演技でアカデミー賞を受賞したと記憶している。あまりにもアル・パチーノの演技が光りすぎていて、映画の印象が薄まってしまうほどの演技だったように思う。この映画で最も有名なシーンが盲目のフランツがタンゴを踊るシーンだ。このシーンで使用された音楽がカルロス・ガルデルの「ポル・ウナ・カベーサ」という曲。このシーンの成功の理由は、アル・パチーノの圧倒的な演技、そしてガルデルの音楽によるものだと僕は思う。演技と音楽が一つのパフォーマンス、メッセージとして人の心の隙間に入り込んだのだ。

「間違えるのが怖い?大丈夫だ。タンゴに間違えはないよ。そこが人生と違うところだ。足が絡まっても踊り続ければいい・・・」

フランツの名セリフ・・・

カルロス・ガルデルはブエノスアイレスのチャカレータ墓地で眠っている。カルロス・ガルデルはアルゼンチン人だった。生きている時も亡くなってからも・・・そう思う。

立派な銅像が立ち、墓というよりは家のようだ。沢山の花が捧げられている。

人生にも間違えはないんじゃないかな?足が絡まっても踊り続ければいいんじゃないかな?

kaz



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