ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ポーランド人の誇り 

 

ショパンの「アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ」の譜読みを始める。この曲は、メカニカルな難渋さを伴う、そして華やかな曲なので、どうしても「技術展覧」みたいな演奏になりがちだ。あるいは「お素敵ショパン」みたいな演奏。

この曲を華やかな曲としてではなく、若きポーランド人の野望の曲と捉えてみたら?

「あの国はもうダメだ。ダメなんだよ。灰色の国になってしまった・・・」

Hが揺れ動く祖国から自由の国、アメリカに逃れてきたのは、1980年代。ポーランドでレフ・ワレサの独立自由管理労組「連帯」の活動が全国的な動きとなっていき、そして、その「連帯」つぶしを国が行おうとした時。政府、国家というものが国民に銃を向けた時、戒厳令・・・その時にHは祖国を捨てた。

「自由が欲しかった。人間として最低限の権利が欲しかった。ポーランドでは人間として生きることができない・・・僕は人間になりたかった・・・」Hはそう言った。

当時ポーランドから脱出できた人は、ほんの少数だったのだろう。正直、「どのような方法で脱出したのか?」ということに僕は興味があった。でも、それだけはHに訊くことはできない・・・そう思った。

レフ・ワレサという「連帯の男」であった男の映画を観た。今ひとつ理解できなかった、連帯、その後の国家の圧力というものを日本人の僕にも分かりやすく説明してくれるような映画だ。監督はポーランド人である巨匠、アンジェイ・ワイダ。

食料品の値段が高騰。商店から品物がなくなっていく。

「どうやって暮らしていけばいいの?どうやって生きていけばいいの?」

動きはグダンスクの造船所から始まった。レフ・ワレサはその造船所の機械工でしかなかった。でもその機械工、大学にも進学していない職業訓練所しか経験のない一人の労働者が行動を起こした。ストライキ決行、賃上げ要求・・・

「このままでは我々は死んでしまう。我々も人間なのだ」

ソ連の支配下にあった当時のポーランド共産主義国家で、ワレサのように人間としての権利を主張することは、死、投獄をも意味した。でもグダンスク造船所の動きはポーランド中に広まっていった。「労働者は連帯しよう・・・自由を・・・我々は人間だ。国家の駒ではない・・・」

レフを支えた妻のダヌタ・ワレサ・・・留守がちであった夫に代わり、6人の子どもを育てた。そして夫を支えた。

「もし俺が戻らなかったら・・・この指輪と時計を売ってくれ・・・」

ダヌタの視点もこの映画は描いている。「あなたは信念に生きているからいいでしょう。でも私は、子どもたちはどうなるの?あなたには家族がいるのよ?」

ワレサ逮捕直前、ダヌタはワレサに言う。「もし・・・私が今の状況を恐がったら?」

「君が怖がったりしたら、子どもたちはおしまいだ・・・」

「全く怖くはないわ。全くね・・・」

僕もニュースでポーランドの街でビラが撒かれたり、人々を鎮圧させようとする軍の様子などを観ている。ベルリンの壁が崩壊し、東欧の共産主義が崩壊・・・そこに至るまでには数万というワレサが命を落とし、信念に生きたのではないだろうかと思う。

レフ・ワレサ、ヤヌシュ・コルチャック、パデレフスキ、そしてショパン・・・

共通するポーランド魂を表現してみたい・・・そのようなショパンがあってもいいのではないかと思う。

「我々も人間なのだ。自由・・・それは人間としての最低限の権利なのだ・・・」

ショパンの曲から、このメッセージを感じてもいいと思う。彼も誇り高きポーランド人だったのだから・・・

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ
スポンサーサイト

category: kinema

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top