ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

悲しいラジオ体操 

 

昨年は、ギター曲やフォルクローレをピアノ用に自分で編曲したものを弾いたりした。編曲・・・ではないな、そのままピアノに移したという感じだから。洒落た和声を考えたりしたわけでもないし。楽譜からではなく、この時は耳コピをした。サークルのピアノ仲間には、ジャズの得意な人もいて、このような人たちと比較すれば、僕の耳コピの能力なんて大したものではないと思う。

耳コピをした時には採譜はしなかった。耳から入ったサウンドを音にしただけ。耳コピに限らず、例えば簡単な即興演奏や移調奏のようなもの、以外と音大出身者は苦手だったりするらしい。楽譜→読譜→音にしていく・・・ということだけしかできないというか。

おそらく、僕は絶対音感というものがあるのだと思う。だから得をしたということもあまりないような気はする。ただ、楽譜を見れば、音としてのサウンドが頭の中に鳴るので、読譜というか、譜読みは遅くはないかもしれない。でも考えてみれば、クラリネットという楽器が僕にとって困難だったのは、おそらく記譜と実音との違いに戸惑ったことも理由にあると思うし、例えば、バロック音楽を当時の音の高さで録音したものなどは、気持ち悪くて聴けなかったりはする。ハ短調という認識の曲がロ短調で聴こえてきたりするので、演奏に集中できないのだ。絶対音感も便利なだけではないような気はする。

即興演奏の能力も、僕の場合は、読譜力の低下につながってしまったところがある。子どもの頃のピアノレッスンの停滞は、サウンド→弾いてみたい→練習というものから脱却できなかった自分の狭さに原因があると思っている。つまり、耳から入ってしまったパターンの典型的な失敗例なのだと思う。

この即興演奏の能力で得をしたこと・・・あるかなぁ?楽器店の営業をしていた頃、その楽器店(ヤマハ)のグレードテストなるものを興味本位で受けたことがある。多くの人、それは音大出身のシステム講師(でいいのか?)という立場の人が多かったけれど、その人たちは、とてもグレードテストの即興演奏を苦手としていた。でも、僕にとっては、このグレードテストの即興演奏は、子どもの頃のピアノ遊びそのものだったのだ。モチーフが与えられ、適当に(では本来はいけないのだろうが)伴奏をつけて、即興しながら曲として展開させていけばいいだけなのだ。でも何故か、音大出身者はこれができない人が多かった。たしか演奏グレードの4級というものを僕は持っている。持っていても生活に役立っているわけでもないけれど・・・

小学生の頃、バイエルが全く弾けなかった頃も、ピアノ遊びは好きだった。即興演奏は自分だけの世界であり、人様に聴かせたことはない。恥ずかしいから。でも音楽の授業の前の休み時間などに、音楽室でクラスメートに自分のピアノ遊びを披露していた記憶はある。

「男子はピアノに触っちゃいけないのよぉ・・・」などという小うるさい女子もいたけれど、そしてピアノを習っている女子は時折、レッスンで習っているブルグミュラーや、憧れの「エリーゼのために」などを披露していたりしていたけれど、僕はピアノ遊びを披露した。この場合は、家で楽しんでいた即興ではなく、アニメの主題歌などを、短調にして皆の喝采(?)を浴びていたのだ。この時も楽譜を読んでいたわけではない(読めなかったし)ので、完全な耳コピで弾いていたのだ。例えば、サザエさんの主題歌を短調にして「悲しいサザエさん」なるものを披露したりしていた。今思えばバカな子どもだったのだ。

当時のレパートリー(???)で最もクラスメートからの人気が高かったのは、「悲しいラジオ体操」なるレパートリーだ。ラジオ体操第一を短調に変えてだけなのだが、これが受けたのだ。

でも、この曲、楽譜はバイエルの中盤程度では弾きこなすのは結構難しいのではないだろうか?でも耳コピだから弾けたのだ。

この能力をピアノのレッスンでも反映できればよかったのだと思うが・・・

kaz



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