ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

洗心タイム 2 

 

シューマンの歌曲、「献呈」のピアノ編曲では圧倒的にリストの編曲したものが演奏されることが多い。というか、リスト版しか知らないという人も多いのではないかと思う。僕はリストの華やかな編曲も嫌いではないけれど、この曲のピアノ編曲版としては、セルジオ・フィオレンティーノの編曲したものが好きだ。もしかしたら、原曲の歌曲の伴奏、ピアノパートよりもシンプルなのではと思うくらいに音の少ない編曲だ。

演奏効果を狙った・・・という編曲ではないので、あまりフィオレンティーノ版は演奏されないのかな?

フィオレンティーノ自身の演奏で聴くと、もちろん「心が洗われる」という感じになる。そしてこうも思う。

ピアノを弾くということの、そもそもの意味というか、動機というか、手順というか・・・

ピアノを自分の思うように、素敵に弾きたいということは誰でも願っているとは思うけれど、でも本当にそうかな・・・

「はい、上手になるため、上達するためには、これこれのエチュードをしっかり弾けるようにして」

「まずは基礎をしっかり、きちんと弾けるように。フィオレンティーノ?プロのピアニストの演奏から学ぶなんて、そんなの弾けるようになってからね」

「聴くということと弾くということは別でしょ?」

僕は、素晴らしい演奏を聴いた時の、その時の心の動きのようなもの、これを別方向から探すという行為がピアノを弾くということだと思っている。なので、まずは基礎とか、聴くと弾くは別とか、そのように思うことができない。

この演奏を聴いて、「ああ・・・僕も・・・」と思う。それがピアノを弾く動機となる。フィオレンティーノのように弾きたいということなんだけれど、同じようにというよりは、フィオレンティーノが見ていたもの、感じていたものを僕も触りたいという感じかな、鑑賞者としてだけではなく、実際に音体験を自分自身で体験したいというか・・・

自分自身で限界を定めてしまわないことが大切なのだと思う。まずはしっかり、きちんと弾けてからと逃げないこと。

手が痛くなるまで練習するとか、そのようなことを美徳と思わないこと。

「ああ・・・素敵だ」と感じた瞬間から求めていけばいい・・・

kaz



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