ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

比較 1 

 

明後日が本番。非常に心配で憂鬱だ。まぁ、本番を遠足を待ちわびるような気持ちで待つなどということは無理だけれど、今回は前日に東京に戻るという計画を立てた。これは意図的なものだったと思う。今回は、新たな挑戦というものがある。省エネ奏法のような取り組み。僕は、大曲、難曲というものを挑戦することに意義を見出していくタイプではないと思うが、でも諦めてしまうというのも、やはりイヤなのだ。休まずに、倒れずに弾ければ将来が見えてくる・・・

大袈裟か?でも何日も本番を思い過ごしたくはなかった。温泉に浸かっていても心配は心配だが、ピアノの前で直面しなくても済む。

近い将来、ピアノは弾けなくなるかもしれないね。実感として、大きな曲はそろそろ無理っぽくなっていきそうだ。でもできるだけそれを遅らせたいし、壮健ではない状態でピアノを弾くということで、何らかのものが、人に伝わればいいかなと思う。「あの人はメフィストワルツを弾いていた」と。将来、何らかのことがあり、その人がピアノを弾くということで限界を感じた時、病気とか、薬の副作用とか、そのようなときに「あの人は弾いていた」と思いだしてくれたらいいと思う。

闇の中にひきずりこまれそうな疲労感だ。一日でいいから疲れを感じない日が欲しい。

ピアノを弾いていてよかった、ピアノが弾けてよかったと思う。なので、多くの人にこの気持ちを味わってもらいたい。特に現在、ピアノを習っている子どもたちにそう思って欲しい。今は思わなくてもいい。でも将来、辛い時もあるよ、きっと・・・。その時にピアノが弾けたら素晴らしいと思うんだ。絶対にね。

おそらく、そのような思いが強すぎて、ピアノ教育界とかピアノ教師に対して(一部の・・・というつもりで書いているが)辛辣な文章を書いてしまったりもする。やはり変だよなぁ・・・と思うことも多いので、将来も書くとは思うけれど、でも反応メールに、さらに反応してしまうようなブログの書き方はしたくはないと思う。やはり悔しいんだよね。素人のくせに、とかそのような反応があると。専門的に厳しく学んだ専門家だけが理解できる世界・・・なんて堂々と書かれると、反発したくなっちゃう。でも悔しさで書く文章には負のエネルギーが生まれるから、そのような意味では書かないな、もう。

素人だから・・・とか、あまり言わないで欲しい気もするしね。音楽、演奏を聴いて「ハッ・・・」と感じること、この部分は素人も何もないと僕は思うんだ。誰だって感情の行き場の欲しい時がある。その時にピアノがあったら、ピアノが弾けたら・・・と思うだけだ。

「アマチュアって気楽でいいですね。その気楽は専門家にはない。だからピアノ教師は気軽に弾けない」

僕は多くのアマチュアがどれほど隙間時間を工夫して本番に臨むか知っている。朝の5時に起きて練習したり、睡眠時間を削ったり・・・それでも弾くんだ。気軽に弾いているわけではない。真剣に弾いている。「気軽でいいわね・・・」僕に向けて書かれた言葉だが、僕は他のアマチュアにも向けて書かれたと反応してしまう。だから悔しいのだ。

僕の友人たちは、とてもクラシック音楽が苦手だ。「堅苦しい、よく分からない、大変そう、自分にはそのような高尚な感覚はないので」と本気でそう思っているらしい。たしかにリスト?トルコ行進曲?とか言われると、学校の音楽の授業で何をしていたのか・・・と正直思うが、彼らにも耳はある。彼らだからこその耳というべきか?

素人の耳、判断は時には無知なこともあろうが、非常に鋭いことも多いように思う。なぜなら彼らは「出来栄え」というものに一切心を動かさないからだ。「わぁ・・・こんなに弾けて・・・凄~い」という感覚がないのだ。だからこそ厳しい。

別に意識して統計をとったわけでもないが、彼らを相手に、同じ曲を異なる演奏家(ピアニスト)で聴き比べてもらうなどの実験をしたりする。基本的に、彼らは古めの演奏を好む傾向にある。これは興味深い現象だ。

この可愛らしいショスタコーヴィチのポルカ、現代の人気ピアニスト、アンスネスの演奏とチェルカスキーの演奏、8人ほどの「リスト?トルコ行進曲の人?」レベルの友人(皆そうなのだが)に聴いてもらったところ、全員がチェルカスキーの演奏に対して「いいね、こっちの方が素敵だと思う」「こっちの方が楽しそうだ。こういう演奏だったら聴きたいと思う」という反応を示した。むろん、アンスネスの演奏も立派なのだ。どこが不足ということではないのだが、アンスネスは8人の素人の心を動かすことはできなかったのだ。でもチェルカスキーは動かした。素人ならではの未熟な反応なのだろうか?専門的に学んだ正しい耳にはアンスネスの演奏がより魅力的に感じるのだろうか?

立派なアンスネスの演奏。不満はない。上手だ。でも素人の心はチェルカスキーに傾いた・・・

弾く・・・とか、そして教える・・・とか、たしかに専門的に必要という部分もあろう。専門家には何も言えません。でも聴いて・・・感じて・・・という部分は?



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