ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

不利は武器だ。 

 

昨日のレッスンでは「メフィスト・ワルツ」を休まずに通して弾けたのだった。今思い出した。最も危惧していたことが、体力のことだったのだ。考えてみれば、演奏の目標として「休まずに通して弾くこと」なんて、あまりにも低レベルのことなのかもしれないが、僕にとっては最大の心配事であるのだ。

基本的に、練習の時は「通す」ということはしない。ほとんどがパッセージ練習。でも、レッスンや本番では通して弾くので、やはり通し練習はレッスン前などにはしてみることもある。体力配分の目安とか知りたいし。でも、練習では通して弾けないのだ。途中で立ちくらみ(座っているが)というか、眩暈というか、真っ暗になってしまう。眼を閉じ、しばらく休む。多くの場合は、ソファーに横になる。何度か休まないと、通せない・・・というのが一番の問題だった。

レッスン後、家で弾いても、やはり通すのは厳しい。では何故レッスンでは通して(一度だけだが)弾けたのか?やはり気持ちの問題なのではないかと思う。あとは、本物の(?)ピアノで弾いたということか?本番でのピアノは以前に何回も弾いたことのあるピアノで、非常にタッチポイントの浅いピアノだ。そしてよく鳴るし、会場も天井が高く、とても響く。なので、頑張らなくてもいい。本番でも通せるかもしれないという希望が持てる。

サークルの練習会でも、そして、このブログでも、とても元気にしている(?)のだが、実は元気ではないのだ。壮健な人・・・なんて、僕ぐらいの年齢になれば、以外と少ないのかもしれない。誰でも健康上、体力面の問題を抱えながら弾いていたりするのではないかと想像する。

僕の場合、難聴という問題もあるので、自分の弾いている音はステレオではなく、モノラルで聴こえてくる。片方しか聴こえないから当然そうなる。でも、このあたりも気持ちの持ちようなのかもしれない。

片方・・・

シフラもそうなんだ。彼は片方の耳で聴いて、そして弾いていた。彼の場合、手の筋も痛めていたはずだ。強制収容所時代、そして戦時中に。でも弾いている。片方しか聴こえない割には・・・などとは思えない。当たり前だが・・・

片方・・・

セルゲイ・レメシェフも片方の肺しか機能していなかったので、片肺で歌っていたことになる。彼の場合、そのような状態になって、発声法を変えたのだという。一からのやり直し・・・

「もう歌うことは残念ながら無理でしょう・・・」誰からもそう宣告された。

「生活は通常にできますが、歌は・・・」

でも歌ったね。

kaz



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category: 音楽自立人、音楽自由人

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