ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

中断していただけだから・・・ 

 

2009年、ピアノ再開後初めて人前で演奏した年だ。もう6年になるのか・・・と思う。まずはピティナのステップというものに参加した。とても緊張したし、演奏そのものは無残なものだったけれど、いい経験になったのだと思う。

継続的に人前で演奏したいな・・・と思った。ステップは参加費が高い。毎月演奏したいわけでもないので、別にいいのだが、割高感を感じた。ピアノサークルに参加した。サークルって、いつもメンバーを募集しているわけではないので、メンバーとして参加できるようになったことは、とても幸運だったのだと思う。

2009年にピアノを再開・・・たしかに、ピアノのレッスンを再開し、人前で弾く機会も増え、それまでの生活とは変わった。日常生活にピアノの練習というものが入ってきた。

それまでの自分は何をしていたのだろう?

30年以上もピアノのない生活をしてきたのだ。今までは、この空白の歳月を後悔する気持ちがあった。

でも自分はピアノを辞めていたのだろうか?それは長い長い年月ではあったけれど、ピアノは辞めていたのではなく、中断していただけなのではないかと・・・

いわゆる「ピアノを再開」という意識で弾き始めた2009年以降だって、ピアノなど弾けない期間はあった。入院したりね。ピアノどころではなかったし、サークルにも参加できない日々があったけれど、辞めた・・・のではないのだ。中断していただけ。

ピアノを捨てる必要などないのだ。辞める必要などないのだ。日々の生活の中で、レッスンというもの、毎日の練習というものが組み込めなくなる時期というものはあるのだ。ピアノから離れる時期はある。でも「中断」なのじゃないかな?

「ピアノを習っていました。でも忙しくなって辞めました。社会人になって、どうしても再びピアノを弾きたいと思いました。でも弾けないのです。何も弾けない。指が動かなくなるとか、そんなことではなく、自分には何も基礎がないということを、その時知りました。楽しくピアノを習っていた記憶があります。先生も嫌いではなかったし、レッスンも楽しかった。自分の弾きたいもの、練習する時間もなかなか取れなかったりしたので、ポップスとか弾いていました。クラシックの曲をきちんと練習することはできなかったけれど、それなりに楽しんでいました。でもピアノが弾けないんです。とても後悔しました。何故あの時、もう少し、きちんと将来のことも含めて考えなかったのだろうかと。音大とかプロなんて、そんな気持ちではなかったし、今もそんな気持ちでピアノを弾いているわけではないけれど、あの時、昔ピアノを習っていた時、何故基礎をもう少し追っていかなかったのだろう・・・後悔しています」

このような内容のメールは、よく貰う。僕自身も弾いていなかった時期が長いし、きちんと子どもの頃習っていた、努力していたという自覚も記憶もないので、再開したときの後悔の気持ちは非常に理解できる。

「音大に行くわけじゃないんだから、ポップスとか興味の持てる曲を弾けばいいじゃない?ピアノを習う目的なんて、人それぞれなんじゃないかしら?」

そうだろうか?

ピアノ教師は、自分の過去を見る必要がある。何故自分はピアノを続けてきたのだろう?ポップスばかり弾いて音大に合格したわけではないだろう。結構、辛かったことも多かったはずだ。楽しさばかりではなかったはずだ。でも自分を導いてくれたものがあったはずだ。教材にしても、何にしても、過去のものを振り捨てるのが最善であるとは限らない。過去には何か大切なものがあったはずだ。それを伝えていけばいいのに・・・と心底思う。

過去を後悔しているピアノ再開者、自分を含めてだが、未来を見ればいいのではないかな・・・と思う。後悔している部分の過去ではなく、再開しようとした動機を未来につなげていけばいいように思う。

「ああ・・・こんなに素敵に弾けたら、どんなにいいだろう・・・」

そう感じられたら、その気持ちを未来に託せばいい。

ピアノは辞めたのではない。中断していただけなのだ。ピアノは消えない・・・待っている。

kaz



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category: ピアノ雑感

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コメント

 

私も中断者

中断されていた学習者様の気持ちがわかるのは、私も中断者だからにほかならないんです。

そう。

ピアノは、いつもそこにいてくれる。
あなたが気づいていないだけ。

いいじゃん、またはじめても、って思います。

子育てや、住宅事情で自分のピアノに向き合えなかったときも、私はピアノを捨ててなんかいなかった。
でも、向き合えないことに罪悪感は感じてましたね。

今は、どんなに下手でも、弾けるから。
うまくいかなくて苦しいけど、全然弾けない苦しさに比べたらどんなにましか。

ピアノって一生モノだって思うんですよ。

私は、先生の立場からもっともっと、それを伝えていきたいです。

なかつかさきこ #QFk3YRjk | URL | 2015/06/03 15:44 | edit

なかつかさま

考えてみれば、ピアノの先生の多くの人は、「中断」というものを経験していなかったりするわけですよね。弾く(ピアノを習う)ということに、躊躇してしまう気持ちや、それでも弾きたいという気持ちとの葛藤というか・・・その部分。

ピアノに限らずだとは思いますが、楽器演奏って、習った、弾けた、以上のものがあったりして、そこが魅力であり、切ないところなのだと思ったりもしています。

kaz #- | URL | 2015/06/05 04:32 | edit

指は覚えていますね

私は50歳の男性です。
11歳から習いました。18歳まで個人の先生のもとでレッスン受けました。
サボっていてあまりうまくなりませんでした。18歳で一浪中の宅浪生活していたとき好きな曲ばかり練習しました。が途中で諦めてしまいました。その曲はショパンのノクターン第4番でした。あとリチャードクレイダーマンのラメールというアルペジオばかりの難しい曲にも挑戦していましたが、これも中途半端で終わり、大学進学と社会人生活でピアノからすっかり遠のきました。
49歳になり実に31年ぶりに何故かピアノ弾きたくなり再開しました。
ピアノはぼろぼろになり新規に電子ピアノ買いました。
当然指動きません、教室にいく時間もお金もないので自己流でしたが、不思議なことあります。ショパンが弾けるのです。指覚えていたのです。クレイダーマンも同様です。31年前最後に練習していたもの指が覚えていたのです。
半年かけて二つの曲とうとうマスターできたのです。そして下手ですが、you tube
に投稿できるまでになりました。
弾きたい思いあるかぎり中断関係ないなと思いました。
死ぬまで弾き続けたいです、

フミ #5geqIAco | URL | 2015/06/07 01:38 | edit

フミさま

「死ぬまで弾き続けたい」という言葉に胸が熱くなりました。

僕は「気持ち」が「指」を動かすものだと思ったり、感じたりします。

kaz #- | URL | 2015/06/07 06:34 | edit

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