ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ただ上手になりたい・・・贅沢な希望なのか? 

 

「素人の分際で何が分かるの?」とか「音大を卒業した専門家でもないくせに・・・」というメールを貰うと、「そうですね」としか返せないけれど、反発もしたくなるというものだ。何故素人と専門家という分類にそこまで固執するのか・・・と。プライドが高いのだろうか?よくわからない。

「ピアノを教えているわけではないんですよね?セミナー通いに熱心なピアノ教師に批判的なようですが、ピアノを教えるということで大切なのは、教師自身が華麗に弾きこなすことではないんです。自分の演奏を磨くことではないんです。生徒(さん)たちにピアノに興味を持ってもらい、音楽の楽しさを知ってもらうことなんです。そのノウハウは音大では教えてくれません。なので、セミナーに通うのです。セミナー通いに熱心な教師は、仕事に誠実なだけです。むしろ、自分の演奏のことばかり考えて、生徒の指導が疎かになるほうが、よっぽど不誠実な教師なのではないでしょうか?すべての生徒(さん)は音大に行くわけでも、プロになるわけでもないんです。街のピアノ教室の現状というものを、もう少しお考えになるべきでは?楽しさを教えることのどこがいけないんですか?」

このようなメールは山ほど貰った。でも、多くのピアノ教師がメールの送り主のような考えではないことを、僕は信じているし、知っている。

「音大を卒業して専門家になるということは大変なことなんです。素人が安易に意見すべきではないと思います。素人には理解できないことばかりの世界なんですから!」

このようなメールも多い、というか、多かった。

独学でピアノを弾き、音楽は大好きだった少年。大学では美術を専攻。でも音楽は大好きだったから、18歳で本格的に作曲を学んだ。卒業後は広告代理店に勤務しながらも、ピアノを弾いたり、曲を書いたりしていた。

「音楽の素晴らしさを伝えたい」と、彼はピアノ教師になった。曲も書き続けた。子どもたちに弾いてもらいたくて・・・

ピアノ教師になった時、彼は30歳を過ぎていた・・・

この人は誰でしょう?そう、ギロックのことです。もし、ギロックが学歴重視というか、プライド重視の国に生まれていたら、彼は潰されていたのではあるまいか?「フ・・・素人が・・・」と。

どうも両極端のような気がする。「楽しさ重視」と「いらっしゃいませお辞儀に顔芸弾きのコンクールっ子」とで・・・

素敵に弾きたいな・・・

ただそれだけでいい場合、実に困るのではないだろうか?

「素人は黙っていなさい」と言われても、言いたいことはあるし、言いたくなる時だってある。

ピアニストになるんですっ!音大にいきたいんですっ!コンペティションで金賞を目指すんですっ!

そうでない生徒はどうすればいいのだろう?

素敵に弾けるようになりたいな?上手になりたいな?

ただそれだけの場合、その望みが叶えられないピアノ教室なんて変ではないだろうか?素人考えなのだろうか?

ある少女の演奏。ロシェロールの作品を弾いている。素直に「いいな・・・素敵だな・・・」と思う。日本のコンペティション常連の子どもであれば、もっと達者に弾く子どもは山ほどいるだろうと思う。でも、この少女の演奏は、彼女が心から弾きたい、表現したいというものを、教えられたものそのまま、このように弾きなさいというもの、そのままではなく、彼女自身のものとして表現するのことに成功している。成功・・・というより、実はこのことは演奏の基本のような気もするが、今の日本の達者な「いらっしゃいませお辞儀弾き」をする子どもたちからは、もっとも期待できない自然な演奏のようにも思う。

僕は、この少女の教師を心から尊敬する。

kaz



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