ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

弾くことにより何があるのか・・・ 

 

自己分析は苦手だが、なぜ自分は一部の(であると願う)ピアノ教師に厳しい目を注いでしまうのだろうと考えてしまうことがある。おそらくそれは、僕が若い頃、公立中学校の教員だったという過去と関係はあるように思う。一部のピアノ教師は、どこか目の前に存在している、その時の生徒しか見えていないのではないか・・・などと思うのだ。その生徒の将来ということをも視野に入れる必要があるのは、公教育の教員もピアノ教師も同じだろうと思う。自分の指導というもので、10年後、20年後の生徒が絶対に後悔しないだろうか、させないという自負はあるのか・・・その部分。

そのこととは別に、どうもピアノとか音楽とか演奏とか、そのようなものに対して「感情の動き」のようなものを重要視する傾向が僕にはあるように思う。どうしても音楽やピアノを「きゃっ、楽しいわ!」というものとして捉えられない。また、「上達するべきもの」として精進するという感覚をも持たない。正直、僕は自分のピアノに対して、あまり上達したいとか達者に弾けるようになりたいとか、思わない。「どう弾くか・・・」よりも「弾くことにより何があるのか・・・」ということに興味がある。これは、僕が「サナトロジー」という学問を勉強したということと関係はあるように思う。その学問を志した理由と、ピアノを弾いているという理由は、根底では、どこかつながっているように思う。この部分は、説明の難しい部分だとは思う。人生において究極的に求めるべきものは「無償の愛」というものを知り、そして与えるということだと思っていて、その部分で、「サナトロジー」と「音楽」というものは、僕の中で重なっているのだ。

角田房子:著「ミチコ・タナカ 男たちへの賛歌」(新潮社)という本を再読する。再読といっても、以前に読んだのは大学生の時で、その頃は外国に飛び出し、その地で愛に生きた田中路子という女性の歌手、女優、そしてヨーロッパ社交界の華・・・という部分に共感した記憶がある。自分自身が外国への憧れを秘めていたということもあったのだろうと思う。今再読してみると、田中路子本人のことよりも、彼女の夫、ユリウス・マインル2世、ヴィクトル・デ・コーヴァ、そして恋人であったカール・ツックマイアーという男性たちに対しての記述の部分に共感を覚える。

デ・コーヴァは歌手であり舞台俳優であった人だ。彼は咽頭癌を宣告されてしまう。手術を受けて患部を摘出すれば、命は助かる。しかし、「声」は失ってしまうのだ。デ・コーヴァは、このように言っている。

「いま手術を受ければ、私の声はそこで終わる。だが手術をしなければ、まだしばらく・・・それは僅か一年か、もっと短いかもしれないが、とにかくしばらくは私は自分の声を持っていられる。舞台に立てる。たとえ短くても私にとって価値あるその時間を、“ぬけがら”となって生きる十年、二十年とひきかえに失うことは、とても私にはできない」

彼は、こうも言っている。

「私は天職と思い定めた俳優のままで、命を終りたい」

実際に、デ・コーヴァは死の三か月前まで舞台に立っている。

咽頭癌、そしてデ・コーヴァの生き様ということで連想するのが、バリトン歌手のエットレ・バスティアニーニ。彼も自分の命よりも声を選択した人だ。彼にとって価値ある時間、価値ある人生そのものであった「歌」「音楽」というものを選択した人だ。彼は死の二年前に日本を訪れて歌っている。この時は、咽頭癌も転移し、治療の合間に来日し、歌っている。彼の医師団もバスティアニーニの身体状況から、日本公演を中止するように忠告している。でも彼は日本で歌った。かつての輝かしい声は、放射線治療により、失われてしまっていた。でも彼は日本で歌った。「歌いたいんだ・・・」と。

なぜデ・コーヴァは舞台に立ち続けたのか、バスティアニーニは歌い続けたのか・・・

kaz



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