ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

死ぬほど愛して 

 

仕事関係の知り合いのお父さん・・・という遠い関係の人だが、Aさんという人がいる。僕よりも年上の人だ。Aさんと、妻のC子さんは、映画鑑賞という共通の楽しみがあり、それがきっかけで知り合い、結婚をした。Aさんは、アメリカの映画が好きだったが、C子さんは欧州、それもイタリア映画が好きだった。お互いに好きな映画を紹介し合い、二人で観ることは、夫婦にとって大きな楽しみだったらしい。

やがて子どもも三人生まれ、育児は大変だったが、幸せな結婚生活を送っていた。

C子さんは、ピエトロ・ジェルミ作品が好きで、「鉄道員」はもちろんだが、サスペンス映画である「刑事」も好きだった。

「この映画はね、ピエトロ・ジェルミ扮する刑事が執拗に若い二人を追い回して意地悪なのよね。でもクラウディア・カルディナ―レが素敵だったし、音楽が好きだったのよ。映画の内容とはミスマッチなほど美しい曲でね・・・」

Aさんもクラウディア・カルディナ―レの鮮烈なまでの魅力は感じたし、彼女が恋人の名前を叫びながら車を追いかけるシーンは印象に残ったらしい。でも硬派な好みだな・・・とも思った。

「死ぬまで愛して」という曲、この曲は映画「刑事」で効果的に使用され、アリダ・ケッリの歌ったレコードも日本でヒットした。C子さんは、この曲が大好きだったらしく、家事をしている時にも鼻唄で歌ったりしていた。

そんな幸せな一家に突然の不幸。C子さんは癌だったのだ。まだ三番目の子どもは乳飲み子だった。当時は癌の告知はタブーだったから、事実はC子さんには知らされなかった。C子さんの両親、そしてAさんだけが重い事実を受け止めるしかなかった。Aさんの両親は亡くなっていたし、C子さんの両親は遠方に住んでいたので、基本的には友人、知人の助けは借りたものの、基本的な家事はAさんが引き受けることになった。夜中に子どもに泣かれて、寝不足のまま仕事に出掛けることが普通になっていった。C子さんは入退院を繰り返す間もないほど、早くに亡くなってしまった。手遅れ癌だったのだ。

妻の病気を知り、AさんはC子さんをイタリア旅行に誘っている。C子さんが大好きだった映画の国・・・

「でも・・・今は大変だし、私も元気になるから・・・それからにしましょう?」

Aさんは何も言えなかった。「どうして僕はC子の人生をコントロールしてしまっているのだろう?そんな権利はないはずなのに。C子の人生なのに。彼女は余命のことを知ったら、やりたいことができるはずなのに・・・」

「ねえ、イタリアは無理だけど、湯河原の温泉に行かない?」

湯河原の旅館でC子さんはAさんに一言だけ呟いたのだ。「ねぇ・・・今までありがとう」

知っていたのか?妻は知っていたのか?「えっ?」「だからこの旅行・・・ありがとう」

C子さんが亡くなると、Aさんは子どもの世話をすべて行い、学校の行事なども、すべて参加したという。「片親という寂しい思いだけは子どもたちにはさせない。俺が立派に育ててみせる・・・」

毎朝起きて、子どもたちの弁当を作り、夕食の支度をしてから仕事に出掛けた。

再婚話はないでもなかった。「Aさん、あなたもまだ若いのよ?C子さんも許してくれるわよ。子どもたちのことだってあるでしょ?」このような話もAさんは受け流すだけだった。

子どもたちも成長すると、Aさんに再婚を勧めるようになった。「私たちはもう大丈夫。お父さん自身の幸せだって考えるべきじゃない?」「俺の幸せは、お前たちが巣立つまで育てることだ」「もう育ったよ」「いや、末のD子が結婚するまではだめだ。そんな気になれない」

D子さんは、父親がC子さんの好きだった映画「刑事」の主題歌のレコード、「死ぬまで愛して」を聴きながら、咽び泣いているのを何度も見ている。父親には幸せになって欲しかった。D子さんの記憶にはないが、素晴らしい母だったのだろう、でも私は父が好き。だから泣いてなんか欲しくないし、幸せになって欲しい・・・

D子さんが結婚し、Aさん一人が広い家に住むようになっても、Aさんは再婚しようとはしなかった。数年が過ぎた。子どもを含めた周囲の誰もが、AさんはC子さんの想い出を胸に、独身を通すのだろうと思った。

そんなAさんが、突然このように言ったので、周囲はびっくりしてしまった。

「誰か・・・こんな俺と再婚でもしてくれる人はいないだろうか?誰か心当たりあるか?」

「えっ、再婚?お父さん再婚なんかしないものと思っていたよ」

「俺ももうすぐ定年だ。どうやって過ごそうかと思ってね・・・」

「・・・・」

「どんな人がいいの?希望とか、好みのタイプとか、条件とか・・・いきなりなんで分からないけど・・・」

Aさんは、少しだけ考えて言った。

「希望?そうだな・・・映画が好きで俺と一緒に映画を観てくれる人・・・そんな人がいたらいいと思う」



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コメント

 

言葉が見つからない...

いつも拝見してます。

一度も聴いた事もないのに、素敵なピアノの音色が奏でられるのが聴こえて来るブログですね。

今日もまた、得も言われぬ楽は奏されたり。

小鳥遊 #YM16R1CM | URL | 2015/05/09 20:26 | edit

小鳥遊さま

コメントありがとうございます。僕のブログなどよりも、素敵な文のコメントに感じました。

文章、作文は苦手なのですが、読んでくださる方がいるということは励みになります。

kaz #- | URL | 2015/05/09 22:41 | edit

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