ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

サイズ・・・続き 

 

僕は自分の子ども(他人の子もだが)を育てた経験がないので、実感としては感じたことはないのだが、成長期の子どもは、服や靴が、すぐに小さくなってしまうらしい。この時期は高級素材の子供服なんて無理で、ママ友協力体制のもと、服のやりとりがあったりするのだとも聞く。「もう、うちのB子にはこのスカート小さいの。まだ綺麗だからA美ちゃんにどうかと思って・・・」のような?「おさがりなんて・・・」など言ってはいられない現実があるらしい。

楽器は洋服ほどではないが、似たようなサイズ変更がヴァイオリンの場合は可能だ。スペンサー君は、前の動画では八分の1サイズの楽器で弾いていたけれど、ひとつ年齢を重ね(?)身体も大きくなったのだろう、この動画では4分の1サイズの楽器で弾いている。このようなサイズ昇格のような感覚がピアノでも可能ならいいのに。

この有名曲、もっと達者にバリバリと演奏できる「子どなちゃん」は日本のコンペティションでいくらでもいるように思う。でもスペンサー君の演奏は、やはり自然な演奏で好きだ。彼なりに「自分で感じた曲の魅力」というものがあり、それを他者と共存できている。ここが素晴らしいと思う。彼なりの独自の感性がいい。スペンサー君はスペンサー君であり、先生の代弁者ではないのだから・・・

スペンサー君が、たとえば8分の1サイズから4分の1サイズの楽器に変更する時に、感覚の違いに戸惑ったりしなかったのだろうか?幅も大きさも異なるわけだし・・・

サイズ変更に伴う、この種の問題はあっただろうと想像する。ピアノもだが、移動したりする際には、目視よりも感覚が大きいと思うからだ。

でも、ピアノとヴァイオリンでは決定的な違いがある。それはヴァイオリンは本番でも自分の楽器で演奏できるという点だ。ここはとても大きいのではないかと思う。小さなサイズのピアノも普及すればいいのにな・・・と思うが、難しいのはピアノの場合、日頃小さな鍵盤サイズのピアノ(もし存在すればだが・・・存在はしているはずだ)で練習していた場合、本番でもその楽器で演奏できるようにする、つまり「持ち込み」をしない限り、サイズの差に演奏者が対処しなければならない。これは決定的なのではないだろうか?

鍵盤幅の違い、すぐに対処できることなのだろうか?これは難しいのではないかと思う。現実として、リハーサルの時間を確保できる状態で演奏できるなんて、プロだけではないだろうか?アマチュアは、いや、アマチュアに限らずだが、簡単な指ならし程度があればいい方で、いきなり未知のピアノで演奏しなければならないことが多いのでは?

鍵盤の戻り具合のような、そのような感覚の違いでさえ微妙に感じてしまうのだから、幅が違ってしまえば、本番で戸惑うのではないだろうか?「弾いているうちに感覚はつかめる」のかもしれないが、その「弾いているうち」という状況そのものが、あまり現実的ではないのだ。

トラックで演奏会場に自分の「幅の狭い鍵盤ピアノ」を持ち込む・・・これはあまり現実的ではない。一人で行うリサイタルなら可能だが、多くのピアノ弾きにとって、それは特殊なことなのだ。普通は大勢の参加者の一人として演奏する状況が多いのでは?たとえばサークルなどの演奏の場、または教室の発表会で自分だけ「持込みします」というのは現実的ではないような気がする。1曲演奏するのに舞台上でピアノを変えるということ、そのものが考えにくい。不可能ではないと思うけれど・・・

会場に幅の狭い鍵盤の楽器に備わっていれば「持込み」しなくてすむのでは?

そうだと思うが、この場合、会場側は通常サイズのピアノと、小さなサイズのピアノを両方を備えている必要があるし、維持していく必要がある。「幅の狭いピアノしかありません」という会場があったとして、現実的にどれだけの人がその会場を予約するだろう・・・これも現実問題として立ちはだかる問題ではないだろうか?

もし、自宅にスタインウェイの最上の楽器、ファツィオリの高級器種があれば、それはそれは毎日気持ちよく練習できるであろうが、自分の楽器を持ち込むのならともかく、人前で弾く時には、いかに「自宅にどのような楽器で」ということよりも、「本番の楽器でどのように弾くか」が重要になってくるのではないだろうか?

このあたりが解決されれば、幅の狭いピアノも普及していくように思うが・・・

kaz



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