ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

察知力 

 

ジョンが結婚式で歌ったバーブラ・ストライサンドの歌、「これからの人生」という曲。ただし、この曲はバーブラの名唱が有名なのだが、実はバーブラのオリジナルの曲ではない。アラン&マリリン・バーグマン、そしてミシェル・ルグランが組んだ名曲で、映画の主題歌をバーブラがカバーしたものが有名に(欧米では?)なった。

Way We WereWay We Were
(2008/02/01)
Barbra Streisand

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「追憶」という70年代のアルバムに収録されている。一見(一聴?)結婚式で歌う曲にしては哀愁が漂いすぎのような気もするが、おそらく歌詞に惹かれての選曲だったのだろうと思う。

あなたの人生に一つだけ注文がある。それは人生のすべてを私と一緒に過ごして欲しいということ。私の生涯を振り返った時、私の人生のすべての季節を振り返った時、いつもあなたと一緒だった人生・・・と私に思い出させて欲しい・・・

この曲、バーブラの他にも多くの歌手がカバーしている。ポップス系の歌手(つまりジャズ歌手がアドリブを沢山入れた歌唱ではない歌唱ということ・・・ジャズの場合はアプローチが異なりすぎて比較できない)とバーブラのそれとを比較してみると、なんとなく感じることがある。

楽譜を正確に読んで、正しく演奏・・・これはとても大切なことだとされている。でも、ややもすると、「楽譜通りに正確に弾けているだけの無味乾燥な演奏」というものを表現する時にも、否定的な意味合いで使用されたりする。

楽譜に忠実=ややもすると平凡
惹きこまれる演奏=楽譜に捉われない感性溢れる演奏

・・・のように「楽譜に忠実」ということが、平凡さ、凡庸さを表す意味になっていたり・・・

このように考えられないだろうか?楽譜に忠実、楽譜をよく読む・・・ということは、楽譜に記載された音の高さ、長さ、記号をただ弾くということではなく、楽譜のニーズをも忠実に反応させた演奏が、惹きこまれる演奏になっていく・・・と。

つまり、「ただ楽譜を正確に弾いている」という印象を与えてしまう演奏は、実は「楽譜さえ正確に弾けていない」のでそのように聴こえてしまうのでは?

楽譜を読むということは、ニーズに反応、ニーズを察知できるかどうかの才能・・・なのでは?

短い音符に対して長い音符はエネルギーがどう・・・とか、大きな跳躍の場合、力点をどのように表現するか・・・など、ニーズを察知できるかどうか・・・

バーブラの歌唱は、このあたりの能力に長けているように思う。「ただ歌わない・・・」

長い音符、跳躍、短い音符、繰り返される同じ音型、異なる音型、調性の変化・・・これらのことが表現されつくしている・・・これがバーブラの歌唱の特徴なのではないか?

楽譜に忠実=察知能力=豊かで個性的な表現・・・という図式ができているのでは?

これはバーブラの歌唱ではなく、あるオーディション番組でのアマチュア(?)らしい人の歌唱。勝ち進んでいるのでしょう。情感豊かで、とても上手だと思う。審査員も感嘆・・・という感じだ。でも、バーブラの歌唱と比較してしまうと、楽譜の読み、察知という点において、かなり大雑把な歌い方という印象を持ってしまう。声量も豊かだし、ツヤのある声だし、情感も、そして歌う時の表情も豊か。「わぁ・・・上手!」とか「この人・・・歌・・・上手い・・・」とか無条件に思う。

でも、楽譜の察知力がバーブラとは異なる。普通すぎる!

・・・と僕は感じる。

kaz



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