ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

メカとテク 

 

ピアノ演奏、あるいはピアノのレッスンにおいての「テクニック」と「メカニック」という言葉の概念は難しいな・・・と思うことがある。この「テクニック」と「メカニック」は似ているようで、違うものだ。もっとも、あまり厳密に考えてしまうと、どこか「パズル」というか「言葉遊び」のようにもなってしまう感じではある。この二つは切り離せないところがあるし、日本語として、これらの言葉を使う時には、まあ、どちらでもいいじゃぁないか・・・などと思うことはある。

純粋に「指の動き」とか「腕の動き」「力の入れ具合」などという身体的なことは「メカニック」であろう。ただし、一見「お指の練習」ということを指導しているようでも、その目的に、少しでも具体的に曲の表現というものに結びつけようと考えた場合、メカニックだけではなく、そこにはテクニックという概念が入ってくる。メカニックを、いかにして連用させ、曲表現として具体的に結び付けていくか・・・というのがテクニック・・・となる。

言葉を変えると、「なんだか表現が一本調子なのよね」と教師が感じ、「表現」というものを指導する場合は、そこには必ずメカニックをいかにテクニックとして曲の中に盛り込んで指導していくかが重要になっていくと思う。

生徒の立場にすると、「自分って、なんだか、ただ弾いてしまう。曲の表現がうまくない」という場合、なんとなく「才能」とか「音楽性」とか「感受性」ということに結びつけてしまう。でも、この場合、教わっていないから・・・具体的なメカニック~テクニックを指導されていないからという場合の方が多いのではないかという気がしている。

もし、そうだとしたら生徒は辛い。なんらかの指練習、エチュードがレッスン、練習で課せられていても、その目的が生徒としては不明になってしまう。「延々とこれを続けていくの?」みたいな・・・

ピアノを辞めてしまう理由の一つに、これもあるのではないかと思う。「課題の意義を理解していない、教わっていない」という理由。

教える側が「テクニック」と「メカニック」の概念に曖昧、または無頓着なところがある場合、レッスンではどうしても「もっと綺麗に歌って~」とか「そこのリズムはもっとはずんで~」などという抽象的な言葉が飛び交うレッスンになってしまいやすい。「綺麗に歌うためのテクニック」が教えられる必要が本来はある。いかにメカニックを具体的に曲というものに合わせ、使用しテクニックとして表していくか・・・

何故にこんなことを書いているのか・・・

「コンクールを聴いてきました。やはりテクニックだけではなく、表現というものも大切だと思いました。○○ピアノ教室では、そこも大切に指導していこうと思います」

このような文章があった。この先生は、具体的に表現というものをメカニック~テクニックという概念では教えていないんだな・・・技術と表現が分離してしまっているんだな・・・などと勘繰ってしまう。

「メカニックだけではなく、いかに表現としてテクニックを使いこなしていくかが大切だと思いました」という書き方が正しいのではないかと思う。

kaz

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