ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

世界の音楽自立人たち・・・ 

 

楽しいレッスン・・・楽しさだけでピアノが上達するのか、また続くのかさえ疑問だが、でも「ピアノの苦しさ、辛さを教える教室です」なんて宣伝しても、それも違うと思うので、やはり「楽しさ」ということでいいのだろうか?

やはり基礎は大切。やるからには真剣にやらなくては。音楽とは神聖なもの。いい加減な気持ちで習おうなんて芸術への冒涜です・・・なんていうのも、やはり違うのかなぁ・・・とは思う。「別に専門家になるわけでもないんだけどな。あれこれと先生がうるさいんだよなぁ・・・」などと溜息まじりの「大人のピアノブログ」も結構ある。

子どもを習わせている親のブログでも、やれコンクールと熱くなりすぎることへの疑問、反対に「全く上達しないけれど、我が子のピアノ・・・これでいいのか?」という疑問、二つに分かれる。

中間がいいのか?そんなものでもあるまい。中間・・・なんてないのかもしれないし。

そもそも、ピアノを教える理由、習う理由が、どこか曖昧だったり、極端だったりするのでは?

「ピアノの楽しさを教える、習う」・・・ちょっと違うかな?
「ピアノで心の豊かな子どもに育てる、情操教育・・・」・・・これもちょっと違うかな?

「音楽的自立力を養う・・・」というところが、個人的にはピッタリしているような気がするのだが・・・

人生には、まぁ、いろいろなことがあるわけです。そんな時、そんな時ではなくても、自分の人生の中でのひと時に「音楽」が存在していたら、こんなに嬉しいことはない。それも、ただ受け身で聴くだけではなく、自分で音楽の花園に入っていけたら、扉を開くことができたら、こんなに幸せなことはない・・・などと心から思う。そのために必要な「音楽的自立力」というものを養うためにピアノを習うのでは?

新しいカテゴリーを作った。ここで演奏している人たちは、アマチュアだったりプロだったりする。そして僕と親しい友人もいるし、メールのやりとりだけの関係の人もいる。もちろん、全く見ず知らずの人もいる。でも共通しているのは、彼らは「音楽的自立力」というものが備わっていて、音楽をしている様子、つまり演奏している瞬間が、実に楽しそうだ。ヘラヘラ笑いながら演奏しているわけではないんだけど・・・

「わっ!きゃっ♥」的な楽しさだけでは、ここまで到達できないし、かといって「真剣に○時間さらい込んでおりますっ・・・根性練習の成果です!」という感じでもない。

自分に、あるいは自分の子どもに、あるいは自分の生徒に「このような演奏瞬間」を人生のひと時に持ってもらいたいからピアノを習い、教えているのでは?違うかな?

このカテゴリーに登場する人たちは、たとえプロであっても有名人ではない。たとえばポリーニとかアルゲリッチとか、キーシンなどの演奏を貼りつけても、それは違うのかなと思う。むろん、彼らも「音楽的自立力」があるので、あのように弾けるのだろうが・・・

ピアノ(楽器)を演奏する、練習するって楽しい、でも楽しさだけではない。辛いし、面倒・・・でも楽しい・・・辛い・・・でも弾くんだ・・・

この部分・・・言葉で説明が非常に困難だ。なので彼らの演奏を、このカテゴリーで紹介していきたいのだ。

kaz



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category: 音楽自立人、音楽自由人

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