ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

普通の人々 

 

「こんな記事が載っている」と友人が教えてくれた記事。日本での話題で、記事は米国発信のものだから、日本のその話題は、米国でも同じように話題になったということなのだろう。日本の渋谷区が同性婚条例を認めたという話題。むろん、日本では同性婚は法的に認められていないから、法的な効力は持たないけれども、同性のカップルに対して、異性同士のカップルの結婚に相当する関係であるという証明書を区が発行するというもの。日本での出来事とは思えない感じだが、区の条例として議会を通過し、施行されるであろうとの事。これに対しては、もちろん反対する人もいて、「普通の人々の生活を脅かす同性婚を許すな!」みたいなビラが配られたりしたとも、その記事は書いている。

同性同士のカップルの場合、たとえば、異性同士では考えられないような差別もあるのだと言う。賃貸物件に入居できなかったり、病院では家族としては認められないので、面会が許可されなかったりとか。何十年共に歩んできたカップルでも、同性同士というだけで、そのような扱いをされたりするらしい。渋谷区の条例では、これらの行為を禁止し、住居を貸さないなどの行為のあった会社、企業などの名称を公開するという。

「普通の人々・・・」ビラにある言葉だが、何をもって「普通」と言うのか、そのあたりの理解に苦しむところだ。異性を愛する感情、それが同性であるだけで、愛の感情は同じなのではないだろうかと思う。

マイノリティということに関しては、外国で暮らしてみれば誰でも感じることはあるのではないだろうか?差別を感じるかどうかは、その人次第のところもあるし、国や地域の違いもあるだろうが、日本で暮らしていて、周囲は全員日本人、皆が日本語を話しているという世界ではないところで暮らすと、日本人はマイノリティになる。アメリカで暮らせば、やはり白人社会であるから、日本人はマイノリティになる。差別を感じるかは別として・・・

差別を受ける側になれば、気持ちは理解できるのかもしれない。相手の気持ちを想像できるようになるのかもしれない。

よく日本人は誤解するのだけれど、アメリカ(米国)は進んでいると思っている人が多いようだ。僕自身は、東海岸のボストン、ニューヨークという革新的な都市に住んでいたので、以外と東洋人への差別とか、自分は実はマイノリティである存在だったのだと感じたことは(あまり)ない。これは留学生という身分で滞在していたということもあろう。留学生というか、外国人と友達になろうなんていうアメリカ人は革新的で進歩的な人たちなのだから・・・

でも、知識としては、地域によっては、アメリカは相当保守的な国である事は知っている。同性婚や同性愛、また、異人種同士の結婚(異性同士でも)などということを「社会悪」と感じ、それらにカテゴライズされる人々を憎んでいると思えるような人も存在する。

カリフォルニアの、ある弁護士が州に請願書を出した。自らが考えた「同性愛禁止法」なるものを、住民投票し、州の法案にせよ・・・という請願書だ。その内容は、「同性愛者の頭部への銃による銃殺、またはその他の便宜的な方法による死刑」というもの。むろん、そのようなものは却下されてしまうのだが、そのような考えの人もアメリカにはいるというのが現実なのだ。

相手の個性を認める・・・小学校の道徳の授業のようなことを大人が理解、実践するのは本当に難しいことなのか?

人間は皆同じ・・・異なる個性を持つ・・・だから人間なのだ・・・同じなのだ・・・という認識・・・

この動画は、かつてNHKテレビで放送されたもの。中村さんという日本人男性は、日本のある島に住んでいた。自分がゲイであるということに悩み、そしてはち切れそうな思いに苦しんでいた。「僕の周りにいる人たちは理解してくれるだろう。全員ではないかもしれないが、話せば僕という人間を理解してくれるだろう」と彼は判断した。親はそのような中村さんのことを理解してくれたようだ。「小さい頃から一人で悩んでいたなんて・・・もっと早く打ち明けてくれれば、それがあなたの個性よと言ってあげられたのに・・・」と。

結果は失敗だった。友人、同僚が中村さんから去って行った。彼は精神的に追い込まれ、島を、そして日本を脱出することになった。彼が理想の地と考え、自分らしく生きられるかもしれないと選んだ地がオランダ。オランダは世界で初めて同性婚を法的に認めた国だ。彼は日本でのすべてのものを捨てオランダに移った。自分らしく正直に生きるために・・・

オランダ人男性、ミヒルさんは、かつて女性と結婚し、二人の子どもがいた。だが、ある日気づいてしまう。自分は男性を愛する同性愛者だったのだと。

「自分は社会の落伍者なのだ、障害者なのだ、病気なのだ・・・」彼は悩んだ。オランダとはいえ、時は70年代だったのだ。子どもが成人するまで育て上げたのち、妻と離婚した。結婚生活は二十年に及んだ。そして、その後は十年間、一人で暮らした。

ミヒルさんは、中村さんという日本人男性と知り合った。音楽という共通の趣味をあった。お互いを知るうち、愛し合うようになった。二人の年の差は35歳・・・でも愛してしまったのだ。

中村さんは、今度は自分の気持ちに正直になれるような気がした。ミヒルさんと結婚しようと考えた。ミヒルさんも日本人である中村さんと生涯を共に歩んで行こうと考えた。そして、男女のカップルが普通に当たり前のこととして行う、法的な手続きをした。

動画は、二人の結婚式の前からになる。特殊なことかな?当たり前のことなんじゃないかな?

同性婚を心からは認められないという人もいるだろう。それはその人の考えなのだ。それはいいのだ。だけれども、同性婚を阻止する権利は持ってはいけないと思うのだ。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ
スポンサーサイト

category: 未分類

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top