ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

音符に命を与える 

 

現代の人気ピアニストの中で、100年後に伝説的なピアニストとして語り継がれている人はどれくらいいるのだろう?そしてそれは誰なのだろう?ちょっと想像できない。

伝説的などという言葉に相応しい演奏家、たとえば、ホロヴィッツとかマリア・カラスとか・・・

このような人たちは、聴き手の嗜好などというものに関係なく、その名が轟いている。他の人たちと何が違うのだろう?

歌を聴くといいと良く言われる。では、有名なカラスというオペラ歌手という人の歌唱を聴いてみよう。

でも、その場合、「????」となる場合もあると思う。カラスの声は、美声というわけでもないし(個人的には美声と感じる)、彼女は全盛期を過ぎても歌っていた。中には、声そのものの魅力を失ってしまった時代の録音などもある。つまり、カラスを聴く場合は、選択が難しいところがある。

偉大な歌手=澄んだ透明な、美しい声・・・というものをカラスに期待すると、どこか裏切られたような感じがするかもしれない。そして、それはオペラというものに馴染みのない人ほど、そのように感じてしまうのかもしれない。

個人的には、カラスの歌唱では、ヴェリズモ系の作品よりは、ベルカント・オペラの作品の歌唱に惹かれる。ベッリーニのオペラとか。

カラスの偉業の一つに、役柄に命を吹き込んだというものがある。それまでは、ただ歌手の技巧を誇示したりするようなアリアや役柄に、ドラマ性、そして真実性を持たせた。たとえば、コロコロとコロラトゥーラの技巧を聴かせるというイメージだったルチアというキャラクターが、カラスによって、裏切られ発狂してしまう哀しい女性というものに生まれ変わった。実際、カラスによって多くのオペラが復活したりした。

話題は逸れるが、僕はピアノを再開するより、ずっと以前から歌を楽譜つきで聴くということをしていた。オペラ、歌曲関係なく、自分が歌うわけでもないのに、楽譜を見ながら歌を聴くのが好きだったのだ。漠然と音を聴いているよりも、はるかに楽しかった。なので、声楽関係の楽譜が、かなりある。さすがにピアノの楽譜よりは多少は少ないが、「声楽専攻ですか?」と思われるほど、オペラ全曲盤や歌曲の楽譜、アリア集の楽譜を持っている。

楽譜を見ながら、カラスのベルカント・オペラを聴いたりすると、何故にカラスという歌手が他の優れたソプラノ歌手とは別格扱いなのかがよく理解できる。

基本的には、ベッリーニなどのベルカント・オペラのアリアの場合、伴奏は同じ音型を刻んでいることが多い。その音型に乗せて、美しいメロディーを歌うわけだが、この形はショパンの作品にも共通しているところがある。ショパンの作品の演奏の難しさの一つに、同じ音型の続く左手に、細かな歌うようなパッセージを乗せていく・・・というものがある。ノクターンなどの埋め草パッセージがこのパターンなのだと思う。当然、伴奏の刻みと埋め草パッセージの数が合わなかったりすることも多いので、鉛筆で線を弾いたりして、右手と左手はどこで合わせるのか・・・などということに悩んだりもする。でも、このパターンはベッリーニのアリアそのものでもあるのだ。

同じパターンの音型に、カラスはどのように歌を乗せていくのか?

フレーズの頂点や終結の修め方、そして音楽の抑揚というものを、同じパターンの伴奏の中で、どのように処理しているのか?カラスの歌唱を楽譜を見ながら聴くことは、ピアノを弾くうえでも参考になると僕は感じている。

伝説的な演奏家は、他の優れた演奏家と何が異なるのか・・・

それは「強調」なのだと思う。普通の優れた・・・程度の歌手であれば、サラッと流してしまうような箇所でも、微妙な強調が天才的なのだ。それは考え抜かれたうえで実践しているに違いないのに、聴き手には、あたかも、その時に思いついたような自然発生的なものに聴こえたりするのだ。その強調によって、聴き手は、集中力のすべてをそこに持っていかれてしまう。この魔法のような強調の使い手がカラスであり、そしてホロヴィッツなのだと思う。

まぁ、そこまで頑張って(?)聴かなくても、同じパターンの伴奏に、いったいどのように表情豊かに歌っていくのだろう・・・ということだけでも、自分がピアノを演奏する時の助けになると思うのだが・・・

kaz



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