ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

オ・ソレ・ミオ~私の太陽 

 

こちらでは自動車で移動している。友人はイタリア人らしく(?)大変大雑把な運転をする。一方通行でも新入してしまったりするんだよね。危ないよね。「あっ、一通だよ・・・入れないよ!」「そうだった?」・・・なので景色ではなく僕は標識ばかり見ていることになる。

車の中ではCDを聴いている。僕が日本から持参した歌謡曲のCDとか、彼が持参したイタリアの曲、ナポレターナのCDとか。彼は五輪真弓と演歌ではない坂本冬美がお気に入りのようだ。「日本人はなんて情感が豊かなんだろう・・・」などと言う。

車を止めて、地中海を眺めながら聴くナポレターナなんて贅沢だな・・・と思う。観光名所に興味があるわけでもないので、名もない(名前はあるが)小さな街を訪れるのはとても楽しい。

「オ・ソレ・ミオ」という歌を知らない、聴いたことがない・・・なんて日本人はいないだろうと思う。別にイタリアの曲に興味がない人でも、クラシックなんて聴かない人でも、この曲は知っている。オ・ソレ・ミオ・・・私の太陽という意味らしい。

イタリアというと、なんとなく底抜けに明るいとか、太陽が燦燦と降り注ぐ陽気なイメージを持ちやすい。実際に、「ラテンだな~」と感じることは多いけれど、明るいだけでもない。

車の中で「オ・ソレ・ミオ」が流れた。明るいだけではない歌声だ。僕は知らなかったけれど、セルジオ・ブルーニというイタリアでは有名な歌手なのだそうだ。

かつて日本人歌手の演奏会で、この曲を聴いたことがある。アンコールで歌ったのだと記憶しているけれど、満面の笑みを浮かべ、声を張り上げた歌い方だったように思う。演奏そのものは、別に下手でもなかったし、違和感も感じなかった。ただ明るいだけの歌・・・のような気もしたけれど、でも「オ・ソレ・ミオ」なのだ。「私の太陽」なのだ。明るく陽気に歌われるよね?

この日本人歌手はクラシックの人だったけれど、クラシックとカンツォーネの中間・・・のような日本人歌手の歌も聴いたことがある。その時にも「オ・ソレ・ミオ」が歌われたけれど、やはり朗々と声を張り上げ、イタリア~ン的(?)満面の笑みと共に盛り上げる歌い方だった。そのような曲なのだ・・・

「えっ、この曲は明るい曲ではないよ?」

と友人は言う。たしかにセルジオ・ブルーニの歌声は明るいだけではないように感じた。

「そうなの?ほとんどの(イタリア語を解さない)日本人は、この曲を明るい曲だと思っているんじゃないかな?」

イタリアは明るい、陽気なだけの国ではないらしい・・・



「オ・ソレ・ミオ」(私の太陽)  作詞:ジョヴァンニ・カプーロ

太陽が照り輝く日は、何と美しいのだろう
嵐の後の穏やかな大気・・・その爽やかさが歌い踊る宴のようだ
太陽の照り輝く日は、何と美しいのだろう

でも僕はもう一つの太陽、もっともっと美しい太陽を知っている

僕の太陽
君の輝く瞳の太陽
太陽、僕の太陽!
君の輝く瞳の太陽!

夜になれば陽は沈んでしまい
僕はたまらなくさびしい・・・
君の窓の下を去ることもできずに、いつまでも見上げている。

夜になれば陽は沈んでしまう・・・




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