ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

基礎美 

 

トーラー・クランストンと同じ時代に活躍していた選手にジョン・カリーというイギリスの選手がいた。二人はライバル同士であったと思うけれど、持ち味が全く異なる。演劇的で濃い表現のトーラー・クランストンと比較すると、ジョン・カリーの演技は、どこかノーブルな感じがする。バレエ的な要素も感じるし、事実本人はダンサーになりたかったらしい。

トーラー・クランストンが銅メダルだったインスブルック・オリンピックで金メダルを獲得したのが、ジョン・カリー。約40年前の演技なので、どこかレトロな感じがするかもしれないが、この演技を観る際に、「なんだ・・・トリプル・・・これだけ?」などと感じながら観てしまうのは、なんだか違うような気がする。

ディープなエッジさばき、減速せずに常に一定のスピードで滑っているなめらかさ、このあたりが彼の持ち味になるのだろうと思う。基礎的なスケート美とでも言うか・・・

高橋大輔選手が現役時代、振付師のローリー・ニコルから助言されたことがあるそうだ。「ジョン・カリー・・・彼のように滑りなさい!」と。彼は、古いジョンの演技を観て、「何故このように滑ることができるのだろう?」と感じたのだそうだ。

最近は、基礎的なスケーティングの美しい選手が高得点を得るようになってきていると感じる。ノーミスで演技をした選手よりも、転倒があってもスケーティングそのものの上手な人が得点が高かったりする。

「この人、上手だな・・・」と感じるスケートの演技、それはジャンプの難易度や数ではなく、エッジの深さや、そこからくるなめらかなスケーティングそのもので感じることが個人的には多い。今ひとつだなという印象の選手の演技は、基本的に減速と加速を繰り返す。上手な人は、これがなく、常に一定のスピードで演技をしていく。

たとえば、ジュニアやノービスの地区大会のような競技会を実際にリンクで観戦すると(ガラガラだったりする)このことがよく分かる。子どもの時って、まだ身体ができあがっていないので、難易度の高い技そのものは習得していても、エレメンツごとにスピードが減速してしまう人が多い。これは仕方ないとは思うのだけど、あまりに早い段階で高難度のジャンプなどをどんどん跳んでしまうことで、基礎的なものが伴っていなかったりすると、身体が出来上がった時に苦労するのではないだろうかと他人事ながら心配したりする。

同じことは子どものピアノコンペティションでも感じる。身体ができあがっていない子どもは、どうしても音が小さい。音の小ささというものは、比較すると、どうしても弱さ・・・というものにつながってしまうように思う。だから無理をする。覆いかぶさるように弾いたりとか・・・

小学生、それも低学年の子どもが、ラフマニノフを恍惚の表情でオーバーアクションで弾いていたりするのを見ると(聴くと?)将来どうなるのだろう・・・とこれまた他人事ながら心配したりもする。

・・・と話題が脱線したが、40年前のジョン・カリーの演技、これを「驚異的」「何故このように滑ることができるの?」と感じる現役選手は多いような気はする。

インスブルックで優勝した時のフリー。自分の持ち味、長所を最大限に生かしたバレエ的プログラム。彼のこの「ドン・キホーテ」を初めて観た時は、泣いてしまいました。あまりに素晴らしくて・・・

ジョン・カリーはエイズで非常に若くして亡くなっている。この事実もとても哀しい・・・

kaz



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category: The Skaters

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