ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ポーランドと日本・・・絆 

 

今年のピアチェーレの演奏会で、僕はショパンを弾く。僕の演奏を実際に知る人の反応として、「あら、楽しみ」という人と、「あら、以外・・・」という人とに反応が分かれるようだ。僕自身も「ショパン・・・以外・・・」などと思っていたりする。まぁ、今まで弾いたことがないわけではないのだが・・・

選曲をした段階では、月光に照らされながらノクターンを奏でる青白きショパン・・・という感じではなく、祖国愛、正義感、誇りに満ちた熱きショパンというイメージを持っているが、11月までに自分がどのようにショパンを捉えていくのか、その変化も楽しみではある。

僕としては、ショパンとポーランドとは離して考えることが不可能に思える。ポーランドは今年の初めに訪れたので、その時の印象も僕の中で強くあると思うのだが、その時の滞在よりも、留学時代の友人(ルームメイト)がポーランド人だったということの方が僕の中では大きな位置を占めているように思う。

友人はHという名前なのだが、Hが「ポーランドはかつてシベリア孤児の件で日本に助けられた・・・」と僕に言ったことがある。彼は、当然僕が日本人なのでシベリア孤児のことを知っているという前提で話していて、僕は実はシベリア孤児のことなんて知らなかったのだが、あまりにも彼が「知っていて当然」という感じで僕に話しているので、なんだか「シベリア孤児って?日本とどのような関係があるの?」なんて質問できなかった記憶がある。まぁ、その時は知っているふりをして彼の話を聞いていたわけだが・・・

今年のポーランド訪問にあたり、コルチャック先生やコルベ神父のことなども調べたわけだが、コルベ神父が日本に宣教に来た理由のひとつとして、「かつてポーランドの孤児が日本の人々、日本の赤十字に助けられた。そのような慈悲に溢れる日本の人々にマリア様のことを、お伝えしなければ・・・」というものがあった。

日本の人々がポーランドの孤児を助けた・・・

大正時代のことだ。

ポーランドの知識人であれば、この「シベリアのポーランド孤児と日本」のことは誰でも知っているほど有名な話らしい。でも日本ではあまり知られていないのではないだろうか?僕は知らなかった。僕が無知なのかもしれないが・・・

日本とポーランドで、大正時代に、このような大きな出来事があったのだ。

学校で教えればいいのに・・・などと思ってしまった。

実はピアチェーレのHPに今年の演奏会の情報がアップっされたので、このブログにリンクしてあるHPを見てください・・・という宣伝のために書きはじめた文章なのだが、全く異なる内容になってしまった感がある。まっ、いいか・・・

kaz



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