ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

底までカーンと・・・ 

 

アコースティックのピアノの低音の「ド」を音がしないように押さえて、中央の「ド」をポンと弾くと、弾いた中央の「ド」だけではなく、違う高さの音も響いている。摩訶不思議なことだけれど、これは倍音が鳴っているわけですね。

電子ピアノだと倍音を鳴らすことは難しい、というか不可能だと思う。弦の振動がないわけだから・・・

倍音遊びをするには電子ピアノは適さないけれど、でもアコースティックのグランドピアノで練習していても、「底までカーンと鳴らして!」などという指導を受けていてはどうにもならないとは思う。前々回の記事はそのことも含んで書いているわけです。電子ピアノとアコースティックのピアノのどちらが・・・と論ずるまえに、弾き方が「底までカーンと・・・」では基音中心の演奏しかできないから、そちらの問題の方が大切なのではないかと・・・

有名音大の在学生で、コンクールなどにも入選している超優秀な人からも前々回の記事について反応があった。僕は音楽的な知識があるわけではないし、専門教育を受けたわけでもないので、その方には何もお答えすることはできないけれど、聴き手として感じていることはお返しすることはできるのではないかと思った。

その音大生は、先生から鍵盤の底までしっかりと弾きこむことを強制されるのだそうだ。たしかに、粒はそろうというか、さらい込みました・・・的な整った演奏になり、コンクールでもその演奏は評価されたりするのだそうだけれど、常々疑問に感じていたことがあったのだそうだ。その音大生はアルゲリッチが好きなんだそうで、よく彼女の演奏を聴いたり、動画で観たりしているらしいのだが、こう思うとのことだ。

「アルゲリッチ・・・底までなんて弾いていない時がある・・・鍵盤を触っているだけの時も・・・あれ?・・・ピアノって底までカーンと弾くのよね、私はそう教えられているし、他の人もそのように弾いている。彼女は特別?でも底までカーン・・・という弾き方ではないピアニスト、他にもたくさんいる。えっ、どういうこと?」

触っているだけ・・・この場合は鍵盤の浅い位置でコントロールポイントを掴んでいるので、ギュウギュウとその後も弾きこまなくても表現できているということだと思う。ピアノで豊かな響きを重ね、倍音を空気の塊のようにして、会場に放るには、底までカーンではなく、コントロールポイント、それは鍵盤の浅いところから、微妙な範囲で存在するが、そこを「狙う」という感覚が重要なのだと思う。当たり前の知識として、鍵盤を押すと音の鳴らない範囲がある、そして音の鳴る部分、そこを通り越すと、また音の鳴らない部分がある。音の鳴る微妙な範囲の中でいろいろと音を作っていくという意識、つまりその部分を「狙う」という意識がピアノを弾く上で重要なのではないかと・・・

底までカーンと・・・奏法だと、どうしても演奏が基音中心となってしまう。結果、クリア(日本人はこれが好きなのかなぁ?)といえばクリアだけれど、どうも楷書的というか、印刷された楽譜がそのまま浮かんできてしまうというか、そのような演奏になってしまいがちだと思う。見事に達者に弾きこなしてミスもなく弾いているけれど、つまらない演奏は基音しかないからだと思う。人を惹きこむ演奏には「響き」が伴わないと・・・

響きを作っていくには、ポイントを狙って、様々な音色の種類を重ねて、そして塊として客席まで放り投げなくてはならない。

アルゲリッチって、特に個人的にはチェンバーの時に感じるけれど、魔法のようなピアノという気がする。これはポイント狙い奏法の成せる技で、天才的に反応できているからだとも思う。

音大生の人は、師事した先生が基音派というか、「底までカーンと・・・」という先生だと割と悲劇なのではないかと思う。アマチュアであれば、もし自分の先生がそうだとして疑問に感じれば先生を変えることは可能だけれど、音大生の場合、よほどの社交能力がなければ難しいだろうと思う。大変だな・・・と思う。

大切なのは、「こうしなさい」と言われたからそのように弾く・・・ではなく、自分の感性を信じることだと思う。自分が「あっ・・・この演奏、この弾き方に惹かれる」と思ったら、その演奏はその人にとって魅力ある演奏だし、なによりも「自分が・・・したい」と感じる方向に進む方がピアノに限らず楽しいのではないかと思う。

基音だけではなく響きを伴い、「狙い奏法」をしている人、まぁ、世界的な活躍をしているピアニストは皆そうだとも思うし、そうでなければ生き残れないとも思うが、割とそのあたりが分かりやすいピアニストとそうではないピアニストっていると思う。僕は「狙い奏法」のピアニストだと、まずこの人を連想する。

狙い奏法、つまり底までカーンと奏法ではない人って、手首や腕は柔らか(このあたり個人差ありだが)で柔軟な動きだったりするが、決まった法則があるのを発見した。上肢が安定している。曲の動静によって、むやみに上肢を動かさない。非常に静かに演奏する・・・という印象。

基音派の人は、とにかく上肢が動く。加えて、音に変化がないのを補うかのように、顔面表情が豊かだ。音ではなく顔で入魂しているかのように・・・

kaz



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