ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

美貌は敵? 

 

Anna Moffo: Mozart AriasAnna Moffo: Mozart Arias
(2000/07/11)
Philharmonia Orchestra

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数日後にラフマニノフの「ヴォカリーズ」を弾くので、いろいろと聴いている。この曲は本来は声楽曲なので歌を聴いている。基本的に僕は男性の声を好む傾向にあるので、やはりテノールのコズロフスキーの歌唱に最も惹かれる。でも「ヴォカリーズ」は、曲の持っている雰囲気からして女性が歌うことが多いのではないかと思う。数ある女声の「ヴォカリーズ」の歌唱の中で印象深かったのがアンナ・モッフォの歌唱。

ピアノの話に飛ぶけれど、鍵盤の底まで「しっかり弾いています!」的な奏法による演奏って、どこか響きの豊かさに欠けるような気がする。おそらく、基音が強調されるので(演奏者がそのつもりではなくても)、どこか楷書的というか潤いに欠けるというか、響きが乏しいというか、そのような印象になってしまう気がする。逆に、鍵盤の途中のポイントを狙った奏法での演奏は、響きが伴う気がする。おそらく「倍音」というもの?これが全面に出てくるのでは?響きが連なる、よって奥行があり、楷書的な「きちんと感」溢れる演奏ではない演奏になる・・・

また鍵盤底奏法(?)は歌で例えれば、地声張り上げ唱法とでも言うか、そのような感じに聴こえるし、ポイント狙い奏法は、豊潤なベルカント唱法という感じに聴こえる。つまり、基音だけではなく響きが伴ってくる・・・例えば、このアンナ・モッフォの歌唱のように。

アンナ・モッフォ・・・

この人は、オペラにおける視覚的要素ということに関して語られる時に例として出されることの多い歌手だ。例えば・・・

「オペラに視覚的な要素だけを求めるのであれば、酷い喉を持つアンナ・モッフォのような歌い手でいいのだ・・・」のように。

酷い喉、酷い声???どこが???

たしかにアンナ・モッフォは超売れっ子ソプラノだったから、全盛期に歌いすぎたというか、喉を酷使しすぎたのだと思う。なので、キャリアの後期では声が荒れてしまったところがある。メゾへの転身もどこか上手くいかなかったような?

でも彼女の全盛期と、そうではない時期との比較・・・という感じではなく、もろ「アンナ・モッフォは容姿だけの3流歌手」のような言い方をされてきた。

同じように、キャリアの後期で声が変わってしまった歌手にマリア・カラスがいるけれど、彼女はそのような表現をされることはない。

アンナ・モッフォは大変な美貌の持ち主で、歌手になる前は(なってからもだが)ハリウッドからのお誘いも多かったという。彼女は実は歌手ではなく修道女になりたかったという人だから、そのような華やかな世界には惹かれなかった。なので、自分の能力を生かしたオペラ歌手になった。でも、美貌という概念で語られることは多かったし、もともとオペラ界もどこか華やかな要素がある・・・

美貌・・・というものはアンナ・モッフォ本人にとっては、むしろ邪魔なものだったのかもしれない。彼女の「ヴォカリーズ」を聴くと、豊かな響きということ、そしてクラシック演奏家にとっての美貌、ルックス・・・などということをも考えてしまう。

僕自身もモッフォの「ヴォカリーズ」がここまで素晴らしいものとは期待していなかったので、彼女の美貌というものからくる、ある種の偏見はあったのかもしれない。

kaz



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category: The Singers

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