ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

アイドル歌手とフォーク歌手 

 

デビュー曲「水色の恋」の予想以上の大ヒット、むろん、ヒットは予想していただろうが、関係者も驚くほどのヒットとなったのではないだろうか?

ここで「天地真理路線」をこれからどうしていくのか検討されたのではあるまいか?ここまでは完璧に天地真理はフォーク路線なのだ。このままギターを抱えてのフォークでいくか、それとも・・・

セカンドシングルは「小さな恋」、楽曲は浜口康之助が提供。この曲はオリコンチャート1位を獲得する。デビュー曲と比較すると、フォーク路線からメルヘン歌謡(?)の世界に移行しているように感じる。おそらく、フォーク路線ではなく、この時点で天地真理のアイドル路線は決定されていたのだと思う。

天地真理の楽曲、アイドル路線を人々に決定づけたのは森田公一が曲を提供するようになってからなのではないかと思う。天地真理といえば、多くの人が「恋する夏の日」を連想すると思うが、彼女の最大のヒット曲、売り上げということを考えれば、三枚目のシングル、「ひとりじゃないの」なのだ。どちらの曲も森田公一が作品を提供している。

「ひとりじゃないの」の時点で、もうたとえ天地真理自身がフォーク路線を望んでいたとしても、本人の意向などは入る余地のないほど大きなものが動いてしまっていたとも言えるだろう。

レコードだけではなく、天地真理のキャラクター商品が続々と売り出される。彼女の名前を冠したバラエティー番組がゴールデンタイムに放送され、高視聴率を記録していく・・・

ここまでになると、社会現象とも言えるのではないだろうか?事実、天地真理は「アイドル」というものの概念を塗り替えた人でもあった。小学生から大人まで、幅広い層を取り込んだ国民的なアイドルというものを作り出してしまった・・・

当時、僕は天地真理のファン・・・とは言えなかったけれど、でも「ドレミまりちゃん」という自転車があったのは覚えているし、「真理ちゃんとデート」とか「とび出せ!真理ちゃん」などといった彼女のテレビ番組は記憶があるくらいだ。

天地真理のボックスを聴くと、以外にも活動時期のすべてにおいて、フォークを録音しているのに驚く。でも人気絶頂期においては、フォークの曲はアルバムだけで歌うもの・・・であったのかもしれない。アルバムだけで可能だった自己表現というべきか。人気が下降し、レコード売り上げも落ち気味になる頃、つまり森田公一から筒美京平へとシングル曲の提供者が変わった頃には、ライブなどでもフォークを歌っている。その頃の彼女のライブ盤を聴くと、とてもアイドル歌手とは思えない選曲で、フォークを基調とした渋めのライブに驚いたりもする。

今現在でも天地真理の熱烈なファンというものは存在するようだ。僕はファンクラブに所属したりするほどではないが、やはり天地真理の歌、特にフォークの曲に魅せられている一人と言っていいだろうと思う。おそらく、現在も彼女のファンの人の多くは、真理ちゃんスマイルを湛えて歌い舞う「アイドル真理ちゃん」の部分というよりは、純粋にフォークをも歌いこなす「歌手・天地真理」の部分に惹かれている人が多いのではないかと想像する。

天地真理はチェリッシュの曲も多くカバーしている。チェリッシュはどちらかと言えば、フォーク路線の歌手だ。たしか、当時、僕の周囲の大人たちもチェリッシュは歌が上手い、エッちゃんの声は綺麗ね・・・などと評していたと記憶しているし、誰もチェリッシュは歌が下手・・・とか、音痴で聴けたものじゃないなんて言っていなかったように思う。

でも天地真理は、どこか「歌が下手な歌手」とされていたように思う。この場合、きちんと彼女の歌声を聴いて評価していたのだろうか?そうとも思えない。

フォーク歌手=歌はしっかりしている、アイドル歌手=歌は下手・・・

このような無意識のカテゴライズが人々にあったのではないか・・・

天地真理の歌声を聴くと、特に彼女の大好きだったフォーク路線の曲を聴くと、「先入観」とか「刷り込み」とか、そのような言葉を連想してしまう。なんとなく正当に天地真理を評価して欲しい、彼女だけではなく、当時の「昭和アイドルたち」を評価して欲しい・・・などと思う。

kaz



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category: 昭和歌謡「公園の手品師」の日記

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コメント

 

わたしも「70年代フォーク」でYouTubeで検索中、天地真理『いちご白書をもう一度』が引っかかったのがきっかけでした。あれって思って思わず聞いてしまいました。続けて『学生街の喫茶店』、『この広い野原いっぱい』と聞いて、本来天地真理は、当時でいえば森山良子、本田律子といった歌謡フォーク系の歌手だったんだなと思いました。

今のファンの方、確かにアイドルというより歌手天地真理を評価する方が多いですね。またクラシック音楽に強い方が、多いような気がします。わたしは音楽については、まったくの素人ですけど。その分kazさんのような音楽に詳しい方のブログ読ませていただくと、勉強になりますけど。

しんり #- | URL | 2015/01/27 21:47 | edit

しんりさま

天地真理のデビューの頃は、テレビは普及していたとは思うのですが、でもほとんどの家庭では白黒テレビだったそうです。「恋する夏の日」のヒットした1973年、カラーテレビの普及は80パーセントぐらいになっていた。数年での驚異的なカラーテレビの普及と天地真理のメルヘン路線とは、どこか関係していたようにも感じたりします。新三人娘、シンシアは筒美京平路線で「少し大人の雰囲気」、小柳ルミ子は「演歌もこなす実力派」、そして天地真理は森田公一の作り上げた「メルヘン歌謡」とでも言うような、各サイドの決められた路線のようなものがあったのかもしれません。

kaz #- | URL | 2015/01/28 11:07 | edit

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