ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

指揮者のピアノ 

 

ラフマニノフの「ヴォカリーズ」は一昨年に弾いた曲。発表会でも弾いたし、サークルの演奏会でも弾いたし、そしてピアチェーレの演奏会でも弾いた。「まあまあ弾けたのでは?」という時もあったし、「なんだか弾けなかったな」と思った時もあったけれど、基本的には「どのように弾けるか?」「練習の成果が出るように」と願いながら弾いていたように思う。

もう時間もないのだけれど、来月(8日)のサークルの練習会でもう一度弾いてみようかと思い立った。一昨年この曲を弾いたとは思えないほど、すっかり忘れていて、もう弾けなくなっていた。今までだったら、他の曲を弾こうと思うところだが、今回は間に合わないかもしれないが「ヴォカリーズ」を弾いてみる。

今回は自分としては勇気の必要な、思い切った実験をしてみようかと思う。僕の個人的な考えでは、サークルの練習会のような「聴いている人」=「弾く人」のような場所では自分都合の「実験的要素」があってもいいのではないかと思う。

僕は楽譜に一切書き込みをしない人で、先生も書き込まない人なのだけれど、書き込まない人って少数派なのではないかと思う。ピアノのブログを読んでいても感じるし、サークルで人の楽譜を眺めても感じることだが、運指や発想記号の意味などの他に、「ここから遅れない」とか「テンポキープ」とか「トップを出して」などのように、いろいろな言葉を書き込んでいる人が実に多いように思う。「焦らない・・・」とか「ていねいに」とか「ここで歌う」とか・・・いろいろと書いてある。色つきで書いてある人もいて、楽譜は彩り華やかというか・・・

別に書いてもいいと思うし、僕のように全く書かないというのも、なんだかいい加減のような気もするが、でも、あまりに書いてしまうと「書いてあることを守って弾かなければ・・・」と無意識に思いながら弾くということにはならないだろうか?視覚的にどうしても「テンポをキープして!」などと黒々と(赤々と?)書いてあれば、キープすることがその部分の演奏に対しての最大目標となってしまわないだろうかと思ったりもする。

演奏者が弾いている最中に、「ここはバランスを気をつけて」とか「テンポ、絶対に走らないように」とか「ベースを出しすぎないように」ということばかり思いすぎて弾いてしまうというのもどんなものだろう?むろん、気をつけることはいいことなのだろうが、それで聴いている人はどのように感じるだろう・・・

弾き手感覚では、演奏って、「ここが練習のように弾けた」とか「ここは走ってしまった」とか「あそこで痛恨のミス」のようなことがとても大きく関係してくるけれど、聴き手感覚とすれば、そのような「弾き手の都合」なんてどうでもいいようなところはないだろうか?

あなたが聴き手の時、いいな・・・と聴き入ってしまう演奏ってどんな演奏だろう?とても注意深く慎重に練習の成果を出せるようにと願いながらの演奏?

僕は違う。割と「弾き手の都合」ではなく「聴き手の都合」、つまり聴き入ってしまうか、興味を持って聴いていられるか、あるいは退屈してしまうか・・・という観点で聴いてしまうし、聴き入ってしまう演奏って「何かがあるかないか」なのだとも思う。それは単純に「上手い」とか「あまり達者ではない」とかそんなことでもない。

自分の中の「痛い部分」「触れたくない心の動き」のようなもの、それに触れて、演奏として出す。言葉ではとても表現できないような心の傷、苦しみを演奏として出す・・・

これをやってみたい。楽譜に色々と書き込んで、いや、書き込まなくても、「練習の時と同じように」とか「先生に注意されたことを守って」のように弾くのは外部のものをどれだけ取り込めるかという方向性の演奏とも思える。そうではなく、自分の中のものを出すという方向性の演奏を目指す。大崩壊しても。ミスしても・・・

大胆な実験かもしれないが、練習会なのだからいいだろうと思う。やってみれば・・・

指揮者って演奏中にどのようなことを感じて指揮しているのだろう?とても興味がある。自分で音を出すわけではないから「次のパッセージで失敗しませんように」などと思うことは器楽奏者よりも少ないと思う。つまり「ミスしませんように」とか「崩壊しませんように」と守りの姿勢で演奏してはいないのではないかと想像する。

「何が出せるか」なのではないだろうか?

つまり自分の中から外という方向性の脳内活動(?)になっている?

「あそこのあの部分はここを気をつけて」とか「あっ、ミスった・・・」とか外の基準に照らし合わせて一喜一憂することなしに、自分の中から何かを絞りだし、楽譜(音楽)とブレンドさせて音にしている・・・という感じなのでは?

むろん、指揮者ではないし、指揮したこともないので分からないけれど・・・

ピアノ演奏で、この感覚で演奏してみたら何が出てくるんだろう?指揮者のように弾いてみる・・・

これは指揮者、エフゲニー・スヴェトラーノフのピアノ演奏。ラフマニノフの「ヴォカリーズ」・・・

そう、この感じ。この感じなんだよな・・・

指揮者のピアノ・・・という感じ。

kaz



にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ
にほんブログ村


ピアノ ブログランキングへ
スポンサーサイト

category: ピアノ雑感

tb: --   cm: 0

△top

コメント

 

△top

コメントの投稿

 

Secret

△top