ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

日本では無名 

 

Vazgen Vartanianというピアニストの演奏を聴いた。僕は、いわゆるキリル文字というのでしょうか、その文字が理解できない。なので、ピアノと共に写っている彼のポスターが街頭に貼っていなければ、ピアノのリサイタルとは気づかなかったと思うし、ピアノの演奏会だと理解はできても、演奏曲目や作曲者もキリル文字なので、クラシックのピアノリサイタルで、男性のピアニストなのだろうということぐらしか判断できない。

でも、数字は同じ。なので、23-5とか、2・・・36などの数字から、これはラフマニノフの前奏曲だろう、ソナタの2番なのだろうとは予想できた。

Vartanian氏はショパンなども演奏し、その演奏も悪くはなかったけれど、圧倒的にラフマニノフの演奏が良かった。

未知数の演奏家を聴くときには、当たり前のことながら、「どのような演奏をするのだろう?」という興味がある。そして、聴き手というものは、無意識に「このように弾くだろう」という基準値のようなもの、その音イメージと比較しながら聴くのだろうと思う。自分の中の基準値よりも遥かに上回るようなサウンドが展開されて初めて「聴き入ってしまう」とか「感動しながら聴く」という現象が起こるのだと思う。どんなに達者で整った演奏でも、聴き手の無意識の基準値サウンドを超えることができなければ、その演奏は、ただの「上手ねぇ・・・」という感想となる。感動というよりは、感心というものに近いものとなる。

実に世の中には「感心演奏」が多い。演奏というものは残酷なもので、数分、いや、数十秒聴けば、およそどのような演奏か判断できてしまう演奏というものは、退屈というものを誘う。「はやく終わらないかなぁ・・・」と感じつつ。これは演奏の達者度とは関係はないような気がしている。むろん、斬新で人の予想を裏切るような演奏をしさえすれば、聴き手を惹きこむことができるかといえば、そうではないところがまた不思議なところではあるが・・・

Vartanian氏の演奏は、僕にはロマン主義の演奏に思えた。正直、「世界は広いのだな」と感じた。日本では無名でも優れたピアニストは多く、日本に紹介される人は、ほんの一握りなのだな・・・と。

そして、こうも感じた。彼の演奏、絶対に日本人の優秀な若手、コンペティション出身の若手からは聴けない演奏だなとも・・・

kaz



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