ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

有限 

 

来年、もう少し真面目にピアノと取り組みたいと思う。今年はこれで精一杯だったという思いもあるけれど、来年は色々なことに翻弄されずにピアノと向き合えればいいと思う。

僕のピアノライフはサークル活動とピアチェーレの演奏会がすべてとなる。あとは先生の門下生の発表会ぐらいだ。来年もそれは変わらずだと思う。突然コンクールを受けだしたり・・・なんてことはしないと思う。

僕は今のピアノライフに満足だ。体力的に余裕が感じられれば、いつもと同じ顔触れではない、知らない人ばかりの中で弾くのもいいかなと思う。でもそれは体力次第だ。

今年の反省点としては、あまりにもピアチェーレの演奏会というものの比重が高く、サークルの練習会がピアチェーレのための予行練習の場となってしまったことだ。来年は、このあたり改善していきたい。

正直、数か月単位でしか未来のことを考えることはできない。来年の秋、来年の11月のことなんて今は実感がわかない。その頃まで元気でいるという実感がないのだ。それも仕方がないと思う。でもCもAも、ある作曲家の作品を弾くのを強く強く勧める。自分としては、その作曲家のピアノ曲はとても好きではあるのは確かだけれど、あまりにも多くの人が演奏するので、積極的に弾こうとは思わなかった。

「僕なんかが弾かなくても・・・」

僕は、サークルの練習会で、その作曲家の作品が演奏されない練習会というものを経験したことがない。必ず誰かが弾く。そのような作曲家だ。でも人生には有限性というものがあるので、当然僕のピアノライフにも終わりはある。弾いてみてもいいのかもしれない。でも今は悩み中だ。

自分が病気を経験して、死の直前まで体験したりすると、ピアノ演奏だけではなく、「その一瞬にすべてを賭けたパフォーマンス」というものを直感で感じとれるようになった。そこには「上手く演じたい」とか「きちんと弾きたい」などというものはなく、非常に「有限性」というものを感じながら演じているのが分かる。そのようなパフォーマンスをする人は、有限性というものを知ったのだ。なので、その時のパフォーマンスに賭けるのだ。次のパフォーマンスはないのかもしれないのだから・・・・

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(2014/11/03)
Ricardo Plazaola

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カルロス・ガビートは癌と闘いながら踊っていた人だ。

「今、僕は二つも癌を抱えていてね・・・」

そう言いながら、そして闘病生活を続けながら、治療を続けながらタンゴを踊っていた。死ぬまでね。

彼は自分のダンス人生の終わりというものを、どこかで感じていたのだ。

「もうこれが最後の踊りになるかもしれない。これが最後のパフォーマンスになるかもしれない」

彼のタンゴは「人生は有限なのだ」ということを感じさせる。

「いつの日か実現できたら・・・」その日が来るまでに命は尽きているかもしれない。それは誰にとっても・・・ではないだろうか?考えようとしない人が多いけれど、誰にでも人生は有限なのだ。

僕はガビートの踊りを観るといつも思う。「治療しながら踊る・・・相当辛かったのではないか・・・」と。倦怠感、吐き気、痛み、そのようなものと共存しながら踊っていたのではないかと想像する。

kaz



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