ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

奇妙な果実 

 

今、アメリカにいる。完全なる休暇。今年は頑張ったので、いいのではないかと思う。クリスマスと年始を、こちらで過ごす。

飛行機がとても込んでいて、疲れてしまい寝込んでしまったが、今は元気だ。本当はロックフェラーのツリーなどを写真にアップして「クリスマスで~す」のような記事を書けばいいのだろうが、そのようなことは何故か興味がない。

アメリカに6年住んだだけ、6年も住んだ・・・捉え方は様々だろうが、僕は日本に生まれた典型的な日本人なのだと思うし、それ以外の何者でもないけれど、何故かアメリカにいると気持ちが安らぐ。正直になれるというかね。日本にいると、多くの人が「楽しさ」というものを追及しているような気がしてくる。生活や人生においても、音楽の捉え方、感じ方においても・・・

むろん、苦しいよりは、楽しいほうがいいのだと思うが、どうも皆が「こうあるべき」という方向に向かなくてはいけないような?そうでない人は仲間外れにされてしまうというか、変わった人と見られてしまうか・・・

音楽って楽しいだけのものではないような気がしている。昔からしていたが・・・

ビリー・ホリデイを聴いている。「奇妙な果実」を・・・

あまりにも悲惨な歌だ。でもこれも音楽なのだ・・・と思う。

どうも、僕は昔から音楽や演奏というものを「楽しいもの」「ワクワクするもの」という方向だけで捉えることができない。人の心が動き、魂が自分の中で動くということは、もっと複雑なものだと感じたりする。

「奇妙な果実」はエイベル・ミーアポルという人が作詞、作曲をした歌。この人は、黒人がリンチされ、木に吊るされ、白人が見ている・・・という写真を見て、この曲を作った。このような写真は当時は、絵葉書にもなっていたのだそうだ。黒人は人間として認められていなかった・・・

エイベルの妻が、この曲を集会などで歌ったりして、小さな広がりがあった。その歌を聴いた「カフェ・ソサエティ」のバーニー・ジョセフソンという人が、専属歌手であったビリー・ホリデイに「奇妙な果実」を歌うことを勧めた・・・

当時は、黒人への迫害というものを、黒人歌手が歌い、告発をするということは、とても勇気の必要だったことなのだ。多くの黒人が殺され、木に吊るされ、焼かれ、それが当たり前のように行われていたのだから・・・

このような音楽もあるのだ・・・と思う。

楽しくなりたいから音楽に触れる・・・それだけではないこともあるのだ・・・と思う。


「奇妙な果実」

南部の木には奇妙な果実がなる
葉には血が、根には血を滴らせ
南部の風に揺らいでいる黒い死体
ポプラの木に吊るされている奇妙な果実

勇敢な南部の田園に
飛び出した眼、苦痛に歪む口
マグノリアの甘く新鮮な香り
そして不意に陽に灼ける肉の臭い

カラスに突つかれ
雨に打たれ、風に弄ばれ
太陽に腐り 落ちていく果実
奇妙で悲惨な果実


初めてビリー・ホリデイが「奇妙な果実」を歌ったとき、歌い終わっても拍手は起こらなかった。長い沈黙があった。やがて聴衆の1人が拍手をした。すると、拍手は聴衆全員に広がっていった・・・

ビリー・ホリデイは、コンサートのラストに、いつも「奇妙な果実」を歌うようになった。

kaz



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category: クリスマス 2014

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