ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

陽気な哀しみ 

 

エルネスト・ナザレの作品は、どこか特殊なレパートリーとされてしまうラテンの作品の中では演奏される機会が多いのではないかと思う。ただし、アマチュアがサークルの会で弾いたりとか、子どもがピアノの発表会で弾いたりとか、そのような感じなのではないかとも思う。とても魅力的な作品が多いと思うが、どこかプロのピアニストにとってはリサイタルなどでは組み込みにくいというか・・・

躍動感溢れる曲が多く、旋律もとてもキャッチ―、つまり、とても聴きやすい曲が多い。それほど演奏困難というか、楽譜が音符で真っ黒という至難さがはナザレの曲にはないので発表会などでは演奏される機会も多いのだと思う。

ナザレの曲は、聴いた感じでは「凝っていない」という感じがする。どの曲もABAという感じで、中間部をはさみ最初の旋律が戻ってくるという形の曲ばかりだ。だからこそ、プロの演奏家にとってはリサイタルで弾きにくいのだろう。

大きなホールで演奏されるよりは、サロン的な場所で演奏されるほうが似合うのがナザレ。演奏会というものの形態が変化してくればナザレの諸作品が演奏される機会も増えてくるのかもしれない。

シンプルであるからこそ「ブラジルの魂」そのものといった感じがする。ナザレは留学どころか、音楽院で本格的に学んだ経験のある作曲家ではない。だから「魂」というものを直接感じるような気がする。

躍動感のあるリズム、踊りたくなるような旋律に彩られているけれど、一瞬、サウダージというものを感じる、そんなところがナザレの魅力なのかもしれないが、現在知られているナザレの曲は一部なのだと言う。楽譜として残っていなかったり、残っていても不完全であったりとか、ナザレの全貌は見えていない。

作品そのものもそうだが、ナザレの生涯というものも以外と知られていない。

映画館で弾いたりとか、楽器店で弾いたりとか、昔はオーディオ装置などもなかったから、そのような場所で演奏していた。ナザレの曲は当時からとても人気があったそうだ。とても売れた。聴きやすいし演奏もそれほど至難ではないし、なによりも魅力的だから・・・

いつからだろう、ナザレの人生が狂い始めるのは・・・

最愛の妻や娘を亡くした頃からナザレは鬱病となってしまったようだ。そして難聴・・・

僕は徐々に音が聴こえなくなってくるという状態がナザレには辛すぎたのではないかと感じる。最後には完全に聴覚を失ってしまったとも言われている。

神経を冒され、そのような患者を保護する施設で晩年は暮らすようになった。ある日「家に帰る」と言い残し施設を出てしまった。そして森の中で亡くなっているのが発見された。滝壺の中で亡くなっていたとも、滝のそばの河で亡くなっていたとも言われている。ピアノを弾いている姿のまま亡くなっていたとも・・・

溺死・・・であったようだ。

明るい太陽、ブラジルの陽光のような曲が多いナザレの曲、そしてそのような曲の演奏機会が多いが、中にはこのような曲もある。サウダージそのもののような曲も・・・

魂の叫びそのもののような曲も・・・



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category: Saudade

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コメント

 

ナザレの陽気なタンゴも洒落たワルツも大好きですがこういう曲も心に沁みますね。
彼の晩年は痛々しいですね・・・音楽家が徐々に聴力を奪われていくのは筆舌に尽くしがたい苦しみであったことでしょう。

ブラジルのショパンとも呼ばれたナザレですが、私はこの曲を聴くとショパンの最後の作品である絶筆のマズルカヘ短調(Op68-4)を思います。

というわけで、さっきまで私、ショパンのマズルカ弾いてました。

私はタワシ #5eVrhZok | URL | 2014/11/25 09:37 | edit

タワシさま

お久しぶりです。たしかにこの曲はショパンの最後のマズルカを彷彿とさせるところがありますね。ナザレはショパンをとても敬愛していました。

音が聴こえなくなる、それも徐々に聴こえなくなっていく・・・これは自分存在意義を徐々に抹殺されていくような感じなのではないかと思います。

ラテンの曲って、どこか陽気なだけではないところがあり、そこに惹かれます。

kaz #- | URL | 2014/11/25 21:15 | edit

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