ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

ピアノ演奏は3分間のドラマ 

 

友人とアントニオはイタリア語と、何故かドイツ語で会話をしていたと思う。このあたり、ヨーロッパ民族は凄いと思う。イタリア語だろうが、ドイツ語だろうが、僕には理解できない言葉なので、二人の会話は解らなかった。でも僕に話す時は英語で話す。アントニオが英語で僕に言っていたことで、印象深い言葉がある。

演奏というのは、一種のドラマなんだそうだ。映画といってもいい。台本、脚本というものがある。これが音楽であれば楽譜にあたるものなのだそうで、演奏するということは、この脚本をもとに、演奏者自身が監督、プロデューサー、そして俳優を兼ねることと同じことなのだそうだ。

なので、演奏者は脚本の単なる再現者ではなく、演じる俳優であり、全体をつかさどる監督でもある。

「演奏ってドラマを演じる感じと同じなんだと思うよ・・・」

ドラマを演じる、そして観て(聴いて)いる側は、そのドラマの世界を楽しむ・・・

でも、それは才能ある一部のプロのみが到達できる世界なのでは?アマチュア、つまり素人がそのようなことを考えて、そしてそこを目指して演奏するのは不遜なのでは?我々はホロヴィッツでもハイフェッツでもないのだから・・・

なので、我々アマチュアは不遜になることなく、できるだけ一生懸命に弾くことだけを考える。人がどのように感じるか・・・なんて、それはやはりプロの世界のこと。そのようなことを考えることそのものが不遜なのでは?

「まずはきちんと弾けなくては・・・」「まずは自分がどこまで弾けるか・・・」「人がどう思うかなんて・・・」「聴いている人がどう感じるか・・・そんなことをアマチュアが考えるのは不遜・・・」

「僕はその考えが理解できないなぁ・・・」とアントニオ。

「ではこういうことかい?アマチュアは自分中心で聴衆の前に登場して、自分だけの出来栄えを気にして演奏するべきで、そのことが許されると?アマチュアらしく?自分だけの出来栄えだけを気にして人前で演奏して、それが許さると甘えること、そちらの方が不遜なんじゃないか?」

kaz

これはアントニオの楽しい3分間のドラマ・・・



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category: ピアチェーレ

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コメント

 

そのとおりだと思います。

1個の音は、ひらがなやカタカナの1個で、モチーフは単語、フレーズは文章。楽譜は台本で、あなたは女優さん・・・などと私はよく言います。

俳優に発声の勉強が必要なように、音の出し方の勉強は必要で、そうでなければ、声部を弾き分けることもできないと思います。フレーズを長く作るための勉強も必要で、ドラマを盛り上げるための表現法(一種の技術)も必要と思います。
(どうも、日本の音大ではあまり教えていないみたいですが)

最後のアントニオさんのご意見にも同意です。演奏するとか、その前にピアノを弾く、ピアノを学ぶ、いずれも、音大を出たかどうかや、それで収入を得ているかどうかとは、何の関係もないと思うのです。演奏に対する姿勢もです。

私は小学校1年生であっても、無料の発表会をしていたころから、何のためにステージで弾くかなど、こんこんと話していました。伝えるべきは何かとか、聴きにきてくださってありがとうという気持ちでお辞儀することなど。。1年生でも、けっこう分かってくれました。

レッスンするときに、ピアノの先生も、会社員さんも区別しませんし、レッスンで成長するスピードや、レベルの変わり方も、学歴や、経験や、仕事とは関係ないです。

ただ、ピアノの先生方の方がレッスンが続きやすいのは、すぐにはできなくても、生徒さん達に伝えると、子供は変わり方が早いので、それを見て、自分もできるまでしようと思うのだそうです。

でも、会社員さんでも長年続けて、全くレベル変わった方もけっこういます。
要は、経歴や経験ではなく、吸収しようと思うかどうかです。

アマチュアいじめの記事読みましたが、本当に、悲しいことですね。

感動を伝える力に、学歴も職業も関係ないです。一切の資格を問わないチャリティーコンサートを10年以上やっていると、実感として、そう思っています。

コンサート、頑張って下さい。(^^)

Megumi #3/2tU3w2 | URL | 2014/11/16 22:32 | edit

megumiさま

コメントありがとうございます。

幸か不幸か分かりませんが、僕の周囲には「アマチュア」とか「プロ」とかあまり分けて考えたりする人はいないような気がします。特に外国人の友人にその傾向が強いような気がします。

「専門的に習う」とか「趣味で習う」とか、僕は分かるようで分かりません。

「音楽をしている」ということでいけないのでしょうか・・・

とはいえ、僕も「アマチュアなのでぇ・・・」と言い訳したりするわけですが、そのような時に、友人たちから「それ、どういう意味?」などと言われてしまったりします。このような言葉を返してくるのも外国人が多いような気がします。

外国人は少し変わっているのかも?

もしかしたら日本人の方が変わっているのかもしれませんねぇ・・・

kaz #- | URL | 2014/11/17 21:57 | edit

はい、そう思います。

日本人が変わっていると思います。音大を出たか出ないかで区別するなら、ポリーニはアマチュアということになります(笑)

以前、こちらのブログで、音大を目指さないと言ったとたんに、レッスンを適当にされるような気がする・・という話題があったような記憶がありますが、最近来られた小さい生徒さんのお母様は、東京の一流音大卒のピアノの先生ですが、お子さんを音大へ入れようとは考えていないし、コンクールを目指しているわけでもないとのこと。

そういう目標ではなく、本物の音色、本物の音楽が、分かるようにしてあげたい・・と考えてらっしゃるとのことで、その価値観に大感激で、お引き受けしました。頑張り甲斐があります。
日本にも、そういう価値観のピアノの先生がいらっしゃると分かって、とても嬉しかったです。(少数派でしょうけれど。)

Megumi #3/2tU3w2 | URL | 2014/11/18 03:58 | edit

Megumiさま

大変に残念なことなのですが、アマチュアが領分を超えた活動をすると、反発はあるのではないでしょうか?今回の場合は、演奏会を自分たちで企画し、演奏するということが領分超えと受け取られたのでしょう。これが、アマチュア同士の弾き合い会とか教室の発表会などの演奏の場であれば、プロ(?)からの反発もなかったのではないかと。

僕は正直、プロとかアマチュア、そして音大卒とか、そのようなカテゴライズは不要と思っています。「その人がどのような演奏をするのか?」ということが大事なのではないかと思っています。

kaz #- | URL | 2014/11/18 07:23 | edit

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