ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

フィルの大きな木 

 

僕には闘病仲間のような人が多くいる。癌患者へのサポートしては、国内にも沢山あり、中には患者同士で集い、旅行に出かけたりとか、イベントを企画し参加したりとか、そのようなアクティブなものもある。僕はそのような活動を否定はしないけれど、現状は忙しいので参加してはいない。基本的には壮健な人と同じような生活をしているけれど、癌仲間(?)でメールのやりとり、そのような仲間、友人は多くいる。日本国内にもいるけれど、海外の人が多い。ここに登場するフィル(仮名)もそんな癌仲間の一人。

フィルが「やり残し」ということについて考えさせられるメールを送ってきた。やり残し・・・日頃は考えたくはない、どちらかというと避けたいような心の奥底にある感情、でもそれを解決しないと安らかに死ねないという・・・それが「やり残し」だ。

別に癌患者ではなくても、誰でも「人生のやり残し」というものは抱えているのが普通だ。でも多くの人は「人生というものはなんとなく続いていくものだ」と感じ、そのやり残しを先送りしているに過ぎない。

フィルはデトロイトの非常に貧しい家庭に生まれた。荒廃した家庭だったという。家庭も、住んでいた地区も。フィルは父親に育てられた。母親はフィルが幼い頃、失踪していたし、年の離れた兄は麻薬患者のための施設で亡くなったのだという。父親は、デトロイト産業でもある自動車工場で働いていたが、自動車産業が傾くと、次第に父親自身も荒れていったのだという。それでもフィルには優しかった。酒に溺れて、どこか荒んだ生活をしていた父親をフィルは避けるようになっていった。

「僕は、こんなところで死にたくない。父のような人生はイヤだ。貧困から抜け出すんだ。僕は父のような負け犬のような人生は御免だ」

フィルはデトロイトを去った。新しい人生のために。父親のことを考えなくもなかった。気にはなっていた。でも手紙を書いても返事はこない。電話は父親の家にはなかったし、ネットなどという時代でもなかった。フィルは父親のことを切り離したのだ。考えないようにした。手紙に返事がないのも父親からの拒絶と感じたし、デトロイトを出る時にフィルは言ってしまったのだ。「僕は父さんのような生き方はしたくないんだ」と。父親は初めてその時にフィルを倒れるまで殴り続けたという。そのことも心のわだかまりになっていた。

ある時、病院のスタッフから電話があった。「フィル?あなたのお父さんのことだけれど、もう長くはないの。癌の末期なのよ。あなたが唯一の血縁者だし、お父さんには友人もいないみたいだから、連絡してみたの。お父さん・・・あなたに逢いたがっているわ。やり残しがあるみたい。逢ってあげて。デトロイトまで来られるかしら?間に合わないかもしれないけど・・・」

フィルはカリフォルニアからデトロイトに飛んだ。「間に合いますように・・・」と願いながら。十数年ぶりに訪れたデトロイトの街は荒廃しきっていた。フィルの胸は痛んだが、でもデトロイトと父親から離れたのは間違えてはいなかったのだとも思ったりした。

病室での父親は静かに眠っているように見えた。

「父さん・・・」

父親は言葉を発することができなかった。静かにフィルを見つめるだけだった。

「お父さん、この本をあなたに渡したかったみたい・・・」とナースが父親の代わりに言った。その本は絵本だった。ボロボロの絵本。父親がフィルの幼い頃、誕生日にプレゼントしてくれた本だった。

「まだ持っていたのか・・・」

父親は眠りに入った。フィルは、そのボロボロの絵本を手にし、父親の脇で読み始めた。シェル・シルヴァスタインという人の書いた「おおきな木」という絵本だった。

おおきな木おおきな木
(1976/01)
シェル・シルヴァスタイン

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子どもとリンゴの木は仲良しだった。子どもが成長して青年になると、リンゴの木に言った。「僕はお金が欲しい」と。リンゴの木は「では僕からリンゴをもいでお金にしなさい」と言った。さらに子どもは成長してリンゴの木に言った。「結婚したんだ。家が欲しいんだ」「では私の枝を切って家を建てなさい」・・・「僕は外国に行きたい。船が欲しいんだ」「では私の幹で船を作りなさい」

子どもは老人になった。木が訊ねた。「何が欲しいんだい?僕にはもう何もないよ」と。老人になった子どもが言った。「僕も老人だ。欲しいものは何もない。ただ休める場所が欲しいんだ」

リンゴの木は、切り株だけになった体を精一杯伸ばした。老人になった子どもはそこで休んだ。子どもも木もお互いにそれで満足だった・・・

フィルは「おおきな木」を読み終え、父親に言った。「父さん・・・愛している・・・父さんは僕の誇りだ」と。

父親は、また目を開いた。少しだけ頷いたように見えた。翌朝、父親は眠るように亡くなった・・・

「僕の父はやり残しがあったのだと思う。それは僕に愛情があったということを僕に伝えるということ。そして僕自身にもやり残しがあった。それは父に僕の気持ちを伝えるということ。愛していると最期に言うことだ・・・」

フィルは父親を看取った後、自分の生まれ育った界隈を車で走ってみたという。そこはフィルの記憶以上に荒廃しきっていた。その荒廃した生まれ故郷を見ながら、人生から抹消してしまったデトロイトという街、そして父親との想い出というものがフィルにとっては実は大切なものであったと悟ったのだ。

フィル自身も父親と同じく癌を患うこととなった。

自分の人生のやり残しは何だろう?フィルは考えた。

「デトロイトに住もう。僕の故郷なんだから・・・僕はデトロイトで生まれ育ったのだから・・・父の愛した街だったのだから」

フィルは現在はデトロイト在住である。

デトロイトという街、むろん街全体が荒廃しきっているわけではない。でも「デトロイト?行きたくはないな・・・」というアメリカ人は多い。そして治安も実に良くないという。なにしろ破産してしまった都市なのだから・・・

荒廃したデトロイトの地域、それは日本人からは想像できないような現状だとフィルは言う。



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