ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

仮面のピアニスト 1 

 

Misha Dacicというピアニストから僕が連想したのが、アレクセイ・スルタノフ。彼が亡くなって、もうすぐ10年になるのだと思うと、僕の胸に哀しさと懐かしさが込みあげてくるようだ。



なぜスルタノフが仮面のピアニストなのだろう・・・これは全く僕の主観的印象からの表現なので、気になさる方がいたとしたら(いると思うが)お許し願いたい。

改めて、彼のコンクールでのライブ盤CD、彼が注目されるようになるヴァン・クライバーン国際コンクールでの演奏を冷静に聴いてみると、圧倒的な演奏力に再度驚く。また、コンクールでの演奏ながら、充分に個性的な演奏であることにも驚く。少なくとも、いかにもコンクール受けしそうな、優等生的な演奏ではないだろうと思う。

Misha Dacicとの共通点は、吸引力というか、パフォーマーとしての圧倒的な魅力に溢れているということ。この時のスルタノフの演奏、会場で聴いたとしたら、まさに圧倒されてしまうのではないか?それくらいの存在感を感じる。このパフォーマーとしての異様なまでの魅力は、どこか反優等生的というか、規格外のような魅力ということにもつながるところがあるので、そのままその魅力を全開するということは、どこかコンサヴァティヴな場であるコンクールという場所では不利・・・とまでにはならなくても、どこか賭けにはつながるところはあったと思う。

しかしながら、スルタノフは、この時は自分全開でコンクールに挑んだ・・・そのように感じる。

決してハンサムとは言えないのかもしれないが、スルタノフというピアニストには視覚的な魅力もあったように思う。その演奏姿、そして圧倒的、個性的演奏で聴衆の心を掴んだのだ。審査員に関しては、どこか賭けのような意識もあったのではないかと思う。でも彼は仮面をつけなかった。この時には・・・

映像では分かりにくいけれど、スルタノフというピアニストは非常に小柄なピアニストなのだ。平均的な日本人と比較しても、かなり小柄だろうと思う。手も巨大だったわけではないだろう。しかしながら、その外観からは想像できないほどの演奏力、規格外の「したたかさ」を備えていた。ここがクライバーンでのスルタノフの魅力だったように思う。外見には、どこか守ってあげたいと自然に思わせるような「儚さ」があり、演奏力の「したたかさ」とのアンバランスがある。これはパフォーマーとしては一つの「売り」となったのではないだろうか・・・

やはり、全コンテスタントの中でスルタノフの才能は圧倒的だったと思う。でもコンサヴァティヴな場で、それが受け入れられるか・・・あまりにパフォーマーとしての魅力を全面に出すと(出てしまうのだろうが)どこか「したたかさ」=「傲慢さ」にもつながってしまう危険性もあったのではないだろうか・・・

でも彼は仮面はつけなかった。素直で優秀なコンテスタントという仮面はこのときはつけなかった。

kaz



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