ピアノのある生活、ピアノと歩む人生

「ピアチェーレ」代表の私的ブログ

演奏価値・商品価値 

 

コンクールというものは、基本的に他者との比較というもので成り立つ。比較なのだから、そこには選定基準のようなものが当然あり、その基準に大きく外れないコンテスタントが有利になっていく。

演奏というものを、むりやり比較することの無理を感じてしまう。上手い、下手というものが明確に判断できる段階ならまだしも、本選ぐらいになれば、皆「上手」なわけだから「無理」を感じてしまうわけだ。

コンクール覇者の演奏、どこか「減点サバイバル」というものを勝ち抜いた、ソツのない演奏という気はする。まぁ、演奏そのものだけではなく、その他の演奏には関係のないものも選考には絡んでくるのかもしれないし・・・

インプレサリオたちの目に(耳に)留まり、演奏の場を与えられるピアニストは、コンクールの覇者とは、また違った「したたかさ」があるように思う。インプレサリオたちは、「お上手な演奏」や「ミスなき演奏」を求めているわけではないからだ。そこには「聴衆の耳」「聴衆の欲求」というものが反映されているように思う。その演奏が「また聴きたいわ」とか「他の曲も聴いてみたい」と聴き手に感じさせることのできる演奏かどうか、そのような演奏のできるピアニストであるのか・・・・という視点が加わってくる。

演奏というものは、芸術なのだと思うけれど、演奏会というものは、同時にビジネスの場でもある。演奏はプロの場合、「練習成果の披露」ではなく「商品」でもある。その演奏が、どんなに上手に演奏されていて、どこも減点要素のない演奏であっても、商品として魅力がなければインプレサリオたちは動かない。

「また聴きたい」=「招聘される」=「ピアニストとしての生活」というシビアなものがそこにはある。

もっとも、インプレサリオたちの耳に届くまでという段階を考えても、コンペティション歴がある程度なければ、それさえ難しいという現実もあるだろう。

Misha Dacicというピアニスト。この人もマイアミ国際ピアノ・フェスティバルのホームページから見つけたピアニストだ。この人は、とても「したたかな演奏」をすると思う。

kaz



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